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甘くない現実を突きつけられたミャンマー難民GKがついに… 「1分強で2失点」の初陣で覚醒した“サッカー選手の本能”
text by
木村元彦Yukihiko Kimura
photograph byKentaro Takasaki
posted2021/12/19 17:02
ついに日本デビューを飾ったピエリアンアウン。しかしそこが到達点でないことは、本人も周囲も知っているはずである
それはゴール前に立ってからたった5秒だった。浦安・滝田学のキックインが左サイドにフリーでいた長坂拓海に渡った。胸トラップした相手FPとの1対1の局面。正対したピエリアンは、このときポジショニングを誤り、シュートコースを消さずに自身の左側のゴールを大きく開けてしまう。
次の瞬間、浦安の6点目がネットに突き刺さった。あっと言う間の失点だった。
その56秒後には、ゴール前でサイドにボールを振られ、左の肩口を抜かれた。2つゴールを決められたところで、ベンチに下がった。YS横浜は終盤に笠篤史、菅原健太のゴールで2点を返すが、3対7で敗れた。
「今の自分はまだ試合に出られるような選手では」
初出場を果たした男にマイクを向けた。認定難民の選手が、JFA史上初めて公式戦に出場した記念すべき日である。しかし、本人の表情は、誇らしさからは到底、程遠かった。
「監督に呼ばれたときは、物凄く緊張しました。そしてシュートが3本来て、私は1本しか止められなかった。ショックでした。猛烈に反省しないといけない。優しくて大好きな前田監督から、尊敬するラファから、たくさん学ばないといけない。大きな課題と責任を感じています」
最後に気になることを言った。
「今の自分はまだ試合に出られるような選手ではありません」
デビュー戦で手痛い洗礼を受けてさらにネガティブな思考に陥っていないか。ただでさえ、繊細な神経の持ち主であることを考えると余計に心配になった。自信の喪失とともに、もしかすると3月の契約満了でユニフォームを脱ぐことさえ考えていないか。確かに緊張が原因であったとしても、いつでも出場できるようにマインドの準備を怠っていたことはプロとしてはあってはならないことである。失点後のこわばった表情が脳裏からぬぐえずに帰途についた。
デビュー戦翌日、予想だにしなかった反応とは
ところが、翌日、予想もしなかった反応が返って来た。
ピエリアン本人から、話したいことがあるので、クラブに集まって欲しいという連絡が来たのだ。自ら呼びかけるのは、初めてのことで、その驚きは小さくなかった。代表の吉野、横浜での生活をサポートする清義明、相葉が再び急遽、集まった(相葉はリモート参加)。
いつになくシリアスな顔つきでゆっくりと語り出した。
「今日は私のために集まって下さり、ありがとうございます。2日前の試合で、自分は十分なパフォーマンスを見せることができませんでした。監督は僕を期待して試合に出してくれた。他のメンバーは必死にディフェンスをしてくれた。それなのに自分は相手のシュートを防ぐことができなかった。GKは最後の砦です。そこが揺らいでは台無しです」
砦になれなかった自らを責め続けた。
「失点をした後にチームメイトたちは、ゴールを決められたのはお前だけのせいじゃないよ、と励ましてくれました。しかし、私はそんな自分に腹が立って、悔しくて仕方が無いのです。彼らの信頼を裏切ってしまったのだから」
あれほど、こだわっていた昼間の仕事を辞めて、フットサルに集中したいと告げた。
「出勤をせずに、残ってのトレーニングを始めたい。チームの勝利に貢献できるようになりたいのです。仕事を続けていると、スキルアップができない。今の自分は、コーチのアドバイスを聞き、コンディションをあげるために人の2倍練習しないといけない状況です」
初めての意志表示だった。そしてコンディションの劣化を認めた。
その心の変化はどこから来たのか。