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「本当なら、あそこで僕らは死んでいた」オシムの遺産を食いつぶしJ2降格寸前→“11分で4発”残留… ジェフ巻誠一郎と谷澤達也の奇跡
text by
原山裕平Yuhei Harayama
photograph byJ.LEAGUE
posted2021/12/05 06:00
サポーターに向けて魂のガッツポーズを見せる巻誠一郎。崖っぷちだったジェフを献身的に支えた
谷澤が独走しての4点目でトドメ
この1点で、フクアリの空気が完全に変わったのを覚えている。黒々とした雲の隙間から、一筋の光が差し込み、絶望は希望へと変わった。何かが起こりそうな予感が、確かにあの時にはあった。
その3分後、巻のポストプレーを受けた谷澤が豪快に右足を振り抜き、同点ゴールをマークする。ただし、引き分けでも降格が決まる千葉にとっては、もう1点がどうしても必要だった。
ここで、もうひとつの幸運が浮かび上がる。それは対戦相手がFC東京だったこと。翌年のACL出場権を得るために、彼らも勝点3が必要だったのだ。
勝つしかないのは相手も同じ。この状況が、千葉にとってはおあつらえ向きだった。リスクを負って前に出てくる相手に、得意のカウンターをお見舞いする。80分、エリア内で倒されたレイナウドが、自らPKを蹴り込み逆転に成功すると、85分にはスルーパスに抜け出した谷澤が独走して4点目をマーク。得点の匂いがまるで感じられなかった千葉が、新居のゴールからわずか11分間で4ゴールを奪ったのだ。
まさに、奇跡の11分間だった。
目を真っ赤にして語った巻の言葉
同時刻に行われていた磐田と東京Vはともに敗れ、勝点3を積み上げた千葉は15位に浮上。誰もが予想もつかない劇的なシナリオを描き、フクアリの熱狂は最高潮に達した。
「甘くないだろうとは想像していたけど、それをはるかに超える厳しさだった」
試合後、巻は目を真っ赤にさせながら、苦しかったシーズンを振り返っている。
「点を取らなくちゃいけないプレッシャーもあったし、シーズン終盤はあと勝点いくつ取らなければいけないとか、寝る前にそういうことばかりを考えていた。家族にも迷惑をかけたと思う。でも、そのプレッシャーから逃げちゃいけないと思っていた」
あの時以来、フクアリに本当の歓喜が訪れていない
共に栄光を掴んだ仲間たちが次々に移籍するなか残留を決断したストライカーは、重圧に押しつぶされそうになりながらもがむしゃらに走り、文字通り身体を張り続けた。千葉のために闘い続けたこの男こそが、「フクアリの奇跡」の主人公だった。
しかし、あの時以来、フクアリには本当の意味での歓喜は訪れていない。
せっかく残留したにもかかわらず、翌年に千葉はJ2に降格。以来、10年に渡ってJ1の舞台に戻れずにいる。フクアリの時間は、あの日以来、止まったままだ。フクアリに再び奇跡が舞い降りる日は、果たしてやってくるだろうか。