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麻薬密売の囚人とタイトル戦、週7バイト、“上戸彩に似てる”と売り出され…宮尾綾香38歳が語る《女子ボクシング》のシビアな現実
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byMasayuki Sugizono
posted2021/10/28 11:01
プロ転向18年の宮尾綾香(38)。“上戸彩に似てる”と騒がれた過去も笑い飛ばせるぐらい、すべてをボクシングに捧げている
2008年には女子プロがJBCに承認され、新たなライセンスを取得。横浜近郊でのひとり暮らしは経済的に苦しかったが、生活を切り詰めてボクシングの練習に励んだ。筋力不足を補うためにフィジカルトレーニングに力を入れ、一から鍛え直した。
プロとはいえ、生計はアルバイトで立てていたが、稼いでも月14万程度。試合のファイトマネーは大した足しにもならない。パチンコ屋で働いたこともあれば、プールの監視員、ジムのインストラクターとしても汗を流した。週6回から7回は働き、丸1日休みがない日は何年も続く。世界戦にたどり着くまでに5年の時間を要した。
2012年9月16日、29歳でWBA女子世界ライトミニマム級王座を獲得。大阪のリングで3-0の判定を聞き、ニューチャンピオンとして名前が呼ばれた瞬間、涙が頬を伝った。
「ただただうれしかったです。頑張ってきたことがやっと形になったので。ボクサーとしてやっと一人前になれた気がしました。しょせん女子ボクシングなんて、という見られ方をしているのも知っていました。自分がチャンピオンになることで、少しでも認知してもらいたかったです」
“ボクシング界の上戸彩”という触れ込みで売り出されたときは、満面の笑みで写真に収まった。メディアの取材を疎ましく思ったことはない。むしろ、注目されることを喜んだ。
世界王者になってから通った専門学校
3年契約でスポンサーの支援を受けて、生活も楽になるはずだったが、あえて茨の道を選ぶことに。
「チャンピオンになったときに、これからボクシングだけでやっていけるのかと漠然と不安になりました。このまま引退したら何も残らないかもしれないと。ボクシングを続けていく上で体をメンテナンスすることも大事。勉強をしておいて損はないと思いました」
思い立ったらすぐに行動。ボクシングを始めたときと同じだ。
翌年には鍼灸師の国家資格を取得するために専門学校へ入学。朝6時半から先生に自主学習を見てもらった後、午前中は専門学校で授業を受けた。放課後も補習してからジムへ。練習を終えて食事、洗濯などを終えると、時計の針はいつも24時を回っていた。睡眠は4時間から5時間。学校で再試験を受けた後に前日計量の会場に向かい、試合後は顔を腫らして、授業を受けることもあった。勉強はもともと苦手だったが、3年間は必死に机に向かった。
「死にものぐるいでしたよ。大人になってから学校に行くほうが真剣に勉強しますね。自分で稼いだお金で授業料を払うんですから。スポンサーに支援してもらった分はありますが、無駄にはできないと思いました。国家試験は何とかクリアし、鍼灸師の資格を取りました」