ファイターズ広報、記す。BACK NUMBER
再認識した「斎藤佑樹」という選手の価値 ファイターズ広報が明かした《引退発表からの心揺さぶられる3日間》
text by
高山通史Michifumi Takayama
photograph bySankei Shimbun
posted2021/10/09 06:02
現役最後のマウンドに上がった斎藤佑樹。近くで支えてきた広報がその舞台裏を明かす
その日は午前8時ごろに現地入りをしていた。私が知るところによると、事態が動いたのは午前8時30分。ファームの監督とコーチらによるスタッフ・ミーティングに、斎藤投手が申し入れをして参加。冒頭で、引退を決断したことを報告したという。その約30分後、室内練習場。練習に備えてウォーミングアップをする選手に一旦集合してもらい、同じく自ら今シーズン限りで引退することを伝えたのである。
現役の晩年をともに過ごしたファームのチームメートたちへの思い、故障の連続の中でサポートしてくれたスタッフへの謝意。あふれる思いを、自らの言葉で届けたのである。その後、一時中断していたウォーミングアップが再開された。
仲が良かった杉谷拳士選手、早稲田実高の後輩の清宮幸太郎選手らと伴走してジョギングするなど、談笑しながら体を温めていた。
プロでの11年間、葛藤や苦闘の連続だったのだろう。それは斎藤投手のキャリアをたどれば、他者でも心を寄せ、推察することができるはずである。
引退をチーム内に公表した直後、これまでの日々と同じようにチームメートの輪へと溶け込んでいった。底抜けに、澄んだ笑顔だった。約1週間が経過した今でも、そのシーンは鮮明に残像としてよみがえる。重い荷を下ろしたかのような表情を見て、スッキリとした。他者の一員でもある私の想像、おもんぱかった斎藤選手の胸中との答え合わせができたのである。
再認識した「斎藤佑樹」の価値
ここで、業務の話へと戻る。
大きなトピックであることは理解していたが、想定を超えていた。一部メディアには現地で急遽、取材対応することを決めて対処した。そのアナウンスをしてから約1時間30分、携帯電話は着信ラッシュである。各社からの要望も聴取した上で調整をして、形式がまとまるまでに長時間を要した。
感傷に浸っていた時間はわずかで、現実へと引き戻された。それまで野球界での存在が少し薄れていた「斎藤佑樹」の価値を、あらためて認識することになったのである。