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「勝てないと甲子園で優勝できねえぞ」監督に言われ…斎藤佑樹が明かす“初めて駒大苫小牧を意識した瞬間”
posted2021/08/21 11:04
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph by
JIJI PRESS
天候不良による相次ぐ順延とコロナによる辞退で2年ぶりの甲子園は混乱している。例年通りであれば、すでに決勝戦を迎えているころ。そして、15年前の今日は伝説の決勝戦「早稲田実業vs駒大苫小牧」が行われた日でもある。そこで、斎藤佑樹投手がこの日を振り返った「Sports Graphic Number」掲載記事を特別に公開する(全2回の2回目/#1から続く)。
〈初出:2015年7月30日発売号「斎藤佑樹『二つの夏を越えて』」/肩書などはすべて当時〉
〈初出:2015年7月30日発売号「斎藤佑樹『二つの夏を越えて』」/肩書などはすべて当時〉
すべてのボールをホワイトボードに書き出した
2年夏、日大三にコールド負けを喫した翌日から、斎藤は日大三をどうすれば倒せるのかを考え続けた。なぜホームランを打たれたのか、なぜあんなにフルスイングされるのか。クセもあったかもしれないし、インコースを攻め切れてなかったのかもしれない。斎藤はあらゆる可能性をホワイトボードに書き出したのだという。
「自分が今までどういうボールで抑えてきたのか。右バッターを追い込んでからの外角スライダー、左バッターならインコースのまっすぐで詰まらせている……そうやって、抑えてきたボールと打たれたボールを書き出したんです。どれは使えて、どれは使えないのかをハッキリさせました」
ブルペンでは具体的な場面を想定してイメージトレーニングを続けた。ベース板のここに入ったら打たれる、ここなら打たれないと、一球ごとに確認しながら投げ込んだ。バッティング練習でも、どこのボールならバッターの腕が伸びてフルスイングできるのかを考え、ピッチャー目線で打っていた。大阪での練習試合ではPL学園を完封するなど、やがて結果も伴ってくる。和泉監督はその頃の斎藤をこう見ていた。