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「クラブもなければ仕事もない」CL王者チェルシーの守護神エドゥアール・メンディが職安に通った6年前の無職の日々 

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posted2021/08/15 11:00

「クラブもなければ仕事もない」CL王者チェルシーの守護神エドゥアール・メンディが職安に通った6年前の無職の日々<Number Web> photograph by L’Équipe

1992年生まれ、29歳のメンディ。セネガル、フランス、ギニアビサウと3つの国籍を持つが、代表としてプレーするのはセネガルを選択した

 彼は僕が別のことを考えるように求めた。まったく面識のない人間にそんなことを言われると、どうしても悩んでしまう。『そうかも知れない。僕はサッカーに高望みしているだけなのかも知れない。もっと現実的な選択をすべきではないのか』と。僕にはクラブがなく、失業中のままでは暮らしていけない。何かをしなければならないわけで、それはサッカー以外のことかも知れないと思った。

 では、何をすればいいのか。両親は心配し続けた。彼らもまた同じ疑問を抱いていた。それは親だけではなく、サッカーに対しては常に距離を置き、僕にも客観的に見るように求めていた兄も同じだった。僕の立場はそれほど危うかった」

――そのときあなたは何を感じていましたか。危機感なのか恥辱なのか、それとも苦しさなのか……。

「喪失感が強かった。怒っていたし、恐れてもいた。悔しさもあった。恥だとは思わなかったが、後戻りしてしまったことへのいら立ちは強かった。僕を支えてくれた人たちはきっとこう言うだろうと思った。『結局のところお前は前に進んでいない』と。最悪の気分だった」

努力すれば扉は開ける

――当時あなたはこうも言っています。「突き抜けられないとしたら、それは自分がレベルに達していないからだ」と。

「疑問に思って当然だろう。あらゆることが頭をよぎった。だがどんなに答えを求めても、結局は自分に集中するしかない。『たぶん問題は僕自身にある。ほんとうにベストを尽くしてきたのだろうか?』と考えた。その答えを出したから諦めなかった。成功できるという気持ちも失わなかったし、自分が人より劣っているとも思えなかった。練習やプレーに参加しているときは決して悪くはない。ディビジョン・ドヌール(6部リーグ)とナシオナル(3部)ではレベルに大きな差があるが、僕はパフォーマンスを維持し続けた。そうした様々な事実から得た結論は、『くよくよ悩むのは止めろ! 僕には力がある。サッカーで十分にやっていけるから、もっと努力しろ。そうすれば扉は開ける』ということだった」

――サッカー界への恨みはありませんでしたか?

「(熟考して)この世界で続けていれば、すべてが酷い人間ばかりではないにせよ、こういうものかと気づく。金を失い、金のために選手が利用され、代理人は選手を使って金儲けをする……。それがサッカーだ。そのことを僕は知らなかったし、2014年にそれがわかったときは、そんなサッカー界のシステムに激しい怒りを覚えた。だが、やがて残念ながらそれが現実であることに気づいた。人は時間の経過とともに強くなるし、注意を払うようにもなる」

【続きを読む】失業状態から6年でチェルシーの正GKに駆け上がった、エドゥアール・メンディの謙虚な自己分析「僕は控えGKで状況は明確だ」

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