スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
“アテネ金”冨田洋之が語る橋本大輝19歳「中学時代は全国レベルではなかった」「私もこの半年間の成長に驚かされた」《体操個人総合・金》
posted2021/07/29 17:30
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
JIJI PRESS
「栄光への架け橋」で記憶されるアテネ・オリンピック体操競技の金メダリスト、冨田洋之さんの聞き書きをこの半年ほどしてきた。
美しい体操を体現した世界王者の生い立ち、体操の見方を直に聞ける(リモート取材だったけれど)。金メダリストからの個人レッスンを受けているようなもので、これは贅沢極まりない時間だった。
この取材で、体操競技についてはいくつもの発見があった。「冨田語録」を紹介すると――。
■「体操には『正ローテーション』がある」
ゆか運動→あん馬→つり輪→跳馬→平行棒→鉄棒の順番に演技していくのが正ローテーション。練習でもこの順番に行うことが多い。全身で演技をするゆか運動から演技に入っていけると、体にしっくりくる。逆に落下の危険性の高いあん馬が最初の種目だと、緊張度は増す。
■「つり輪はスペシャリスト傾向が顕著。オールラウンダーでつり輪の種目別決勝に進出できる選手を最近はほとんど見ません」
つり輪はパワー種目としての傾向が加速しており、スペシャリスト化が進んでいる。ただ、冨田氏によればパワーだけでは決まらない。たとえば「中水平」と呼ばれる技は、力で止めるのではなく、冨田氏はバランスで静止していたという。つり輪のスペシャリストは高次元でこの技術を両立させており、個人総合を狙うオールラウンダーは高得点を狙いづらくなっている。
■「鉄棒の離れ技の成否は、ぶら下がっている時に決まります」
カッシーナ、コールマンといった大技は空中姿勢で成否が決まるものと思っていたが、なんと鉄棒の真下でぶら下がっている時の姿勢が勝負だという。ここでしっかり姿勢を取らないと、どんな一流選手でさえもどこに飛んでいくか分からないという話。
このほか、アテネ・オリンピックの体操団体の最終種目、鉄棒の演技の前に突如緊張に襲われた話など、スリリングなエピソードが豊富だった。
冨田氏の体操歴、体操観、そして指導者としての心構えを『自分を操る』という一冊の本にまとめたのだが、この話を聞いていたからこそ、橋本大輝の個人総合に対する見方が変わった。
「中学時代に全国での実績はありませんでした」
冨田氏が教鞭をとる順天堂大学は千葉県の佐倉にあるが(佐倉といえば、長嶋茂雄氏の出身地だ)、橋本も同じ千葉の出身ということもあり、冨田氏は中学生時代の橋本の演技を見ていたというが、そのときの感想はといえば……。