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GI競走で誘導していたあの人が…JRA職員3人が東京五輪で《総合馬術・馬場馬術》に挑む “会社員”ならではの葛藤を超えて
posted2021/07/23 11:00
text by
カジリョウスケRyosuke Kaji
photograph by
Ryosuke KAJI
競馬ファンの方は覚えているだろうか? 2019年、スワーヴリチャードが勝ったジャパンカップやリスグラシューが勝った有馬記念。その本馬場入場のアナウンスで「東京オリンピックを目指しているJRA職員」として紹介された、誘導馬に乗る戸本一真の姿を。2021年6月、戸本は見事に総合馬術の日本代表に選出された。そして、同じく東京オリンピックを目指していた北原広之、佐渡一毅も馬場馬術の日本代表に決定した。
JRA職員と聞くと、率直に言って「大きな組織にサポートされ、順風満帆な競技生活を送っていた人が順当に代表に選ばれたんでしょう?」と思うかもしれない。だが、前回のJRA職員のオリンピック出場は21年前の2000年、シドニーオリンピック代表・布施勝まで遡る。今大会で3名もの選手を派遣できることは前例のないことなのだ。そして今回選ばれた3選手の競技人生それぞれが、競馬に見るドラマに勝るとも劣らないストーリーを持っている。
“馬インフルエンザ”の流行で心が折れた
総合馬術代表の戸本一真(ともとかずま)は1983年岐阜県生まれの38歳。学生時代は強豪・明治大学馬術部で1年生からレギュラーの座を得て、全日本タイトルを獲得した。2012年には日本記録の191cmの高さを飛越するなど日本のトップクラスで活躍し、2018年には世界選手権で団体4位。そして2021年6月、東京オリンピックの代表に選出された。だが、2006年のJRA入会後の戸本の競技生活は順風満帆とはいえなかった。
JRA職員は俗にいう「会社員」(厳密に言うと特殊法人の職員となる)だ。馬に乗ることだけに専念できるわけではない。最初の1年は競技会に出ることはできず、その後の異動で馬に乗れない3年のブランクもあった。戸本が本格的に競技に復帰したのは2011年になってから。過去には馬インフルエンザ、そして新型コロナの流行にも翻弄された。心は何度も折れた。それでも家族や、周りの人たちに支えられここまで辿り着いた。
イギリス人トレーナーから学んだ「根拠のない自信」
転機は2017年、戸本はイギリスのWilliam Fox-Pitt(以下ウィリアム)とトレーナー契約を結ぶ。ウィリアムは総合馬術の祭典『バドミントン・ホーストライアルズ』を二度も制すなど世界的なトップライダー。戸本はその技術はもちろんのこと、彼からもっと大切なことを学んだ。
「ウィリアムには“余裕”を感じるんだ。彼は口癖のようにSo what?(だからなんなの?)と言う。勝った負けたで一喜一憂することがない」
世界選手権に出場した戸本はクロスカントリーで満点走行の快挙をみせるが、ウィリアムはそれを“経験”の一つとしかみていなかった。「ここで成績を出すことが全てじゃない、お前にとって目標は東京だ」。そんなことは自分でもよくわかっていた。しかし、一つ一つの競技結果で自信が揺れ動いている自分に気づいた。
ウィリアム一家の来日の際、妻・アリスは戸本の姉・歩未にこう伝えていた。
「カズマには“根拠のない自信”を身につけさせてあげたい」