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「後悔などあろうはずが」イチロー・藤沢周平の言葉と菊池雄星の自問自答 15歳で出会った“恩師”からの「まっすぐ立つ」の教えとは
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph byKyodo News
posted2021/07/15 17:02
2021年オールスターの舞台を味わった菊池雄星。地道な取り組みが実っていた
心の支えになった西武での経験、そして球宴へ
リーグ最低の先発投手。
一時はそんなレッテルを貼られながらも、あきらめずにやれたのはなぜなのか。
「それはやっぱり、西武時代の経験が大きいですよ」
6球団競合の末にプロ入りしたが、西武では活躍するまでに時間がかかった。左肩痛でなかなかマウンドに立てなかったばかりか、二軍の指導者からパワハラを受けたことをきっかけに、法廷での争いに巻き込まれたことまであった。それでも時間をかけて、国内最高の左腕と呼ばれるまでになった。
「つらくても最終的には何とかなる。そう思えるんですよね」
もうひとつ、菊池は心の支えになったものを挙げる。
「みんな、どんどん成長していくんですよね」
メジャー1年目のオフに雇った、個人事務所のスタッフたちの成長ぶりだ。
多くは菊池より年下の20代半ば。社会人としての経験も浅く、当初は仕事も要領を得なかった。
「でも、みんな遠い日本で働いてくれているうちに、どんどん成長していくんですよね」
目が届かないところでも、着実に成長していく。土にまいた種のようだと、菊池は思った。
「芽が出るより先に、種は地中で根を伸ばす。なのに、なかなか芽が出ないなといって、土を掘り返してしまうと台無しになる。彼らは遠い日本だから、僕は多少心配になっても、土を掘り返すことができなかった。それが幸いしたんだろうなと」
自分もかくありたい。強くそう思う。
「地上からどう見えようと、僕はとにかく地中に根を張り巡らせる。そしていつか、大きな花を咲かせられたら」
現地時間7月13日、オールスター当日。
会場となったコロラド州デンバーのクアーズ・フィールドには、映画祭のレッドカーペットのような選手のお披露目エリアが設けられた。
直前に体調を崩した関係で、あらかじめ登板回避が決まっていた菊池も、家族を伴い会場入りした。万雷の拍手に迎えられる。オールスターメンバーに選ばれたこと自体を、誰もが称えてくれている。
いつも支えてくれていた妻の瑠美さんが、隣で晴れやかな笑顔を向けてくる。通訳、伊藤健治トレーナーも喜んでくれている。日本にいる個人事務所のスタッフたちも、映像を見てくれているだろうか。
少しは恩返しになったかな。そんなことを思った。そうなれれば、きっと、自分も言い切れるはずだ。
ただ一方で、自分はまだまだ、とも思う。掲げていた目標は達成できた。大事な節目になったと言っていい。だが、ゴールではない。
オールスターから一夜があけた現地時間14日。菊池は空路、シアトルに戻った。さっそく、自宅でトレーニングを開始する。祭りは終わった。人知れず、地中に深く、長く、根を張り巡らせる日々がまた始まる。
いつか敬愛するイチローさんのように、はっきり言い切れる自分になるために。
後悔などあろうはずがない、と。
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