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失速した新谷仁美を奮い立たせた“廣中璃梨佳、田中希実らの存在”「途中で諦めることがどれほど失礼なことか」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byAFLO
posted2021/06/28 17:20
日本選手権の女子5000m決勝は、廣中璃梨佳が優勝、2位が新谷仁美、3位が田中希実だった
東京五輪開催の是非がアスリートにも向けられ、賛否両論が叫ばれる中でいろんな声が新谷の耳にも届いた。アスリートやスポーツの在り方を問われた時、新谷は「アスリートとして、どういう形が正しいのか悩んでいる」と苦しい胸の内を明かしている。
悩んでいようが、苦しんでいようが結果を出すのが新谷のいう“プロ”だが、アスリートも人間だ。悩めば集中できず、力を発揮できない時もあるし、練習していてもそれを結果に結び付けられない時もある。だが、責任感が強い新谷は、それを自分の責任として捉え、深く自らを追い詰めた。それが今回、棄権を考えるに至った一つの要因かもしれない。
悩む新谷を引き留めた「棄権していいよ」
だが、棄権寸前で、新谷は思いとどまった。
「棄権しようと思った時、横田コーチが『棄権していいよ』と言ってくれたんです。それに、ここで私が逃げる形で棄権したら私に賭けてくださっている積水化学、明治、アース製薬(の支援)を失ってしまうかもしれない。ここで逃げたら五輪はもっと怖いんだろうなって思うので、我慢して耐えるべきだと思いました」
横田コーチは新谷を否定したり、叱ることをせず、ただ受け入れてくれた。そのことで気持ちが落ち着き、レースに出る勇気が生まれたのだろう。
新谷の言葉からは、横田コーチへの絶大な信頼が読み取れる。レース後、横田コーチについて「泣いちゃうぐらい頼ってしまう家族同然の存在」と新谷は語っていたが、そういう信頼関係が成り立っているからこそ土壇場での決断に大きな影響を及ぼすことができたのだ。
また、ファンの存在も大きかったようだ。新谷はレース後、「多くのファンの方が会場に見に来てくださいましたし、今日まで応援してくれた人がいてくれたから今、走れているんだなって思っています」と語った。応援し、支えてくれた人への感謝の気持ちを込めて、レース後、新谷はスタンドのファンに自ら履いたスパイクを投げ入れてプレゼントした。
「0か100でしか考えていないので、今日は0点です」
棄権せずに覚悟を決めて出場し、最後まで新谷はトラックを駆け抜けた。
昨年12月の日本選手権で見せたぶっちぎりの速さはなかったが、それでも2位で入賞し、5000mの東京五輪出場を決めた。
「常々、0か100でしか考えていないので、今日は0点です」
自己採点は厳しいが、15分13秒73のタイムは、「日本記録(14分53秒22)更新がワンランク上にいくための最低条件」と語る新谷にとって、世界と戦う上でも物足りなかった。
東京五輪では自分をどうコントロールして、5000mと10000mのスタートラインに立つのだろうか。心が整理されれば爆発的な走りが可能になる。そのためには、横田コーチの言動が今回同様、大きな意味を持つことになりそうだ。