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ジョコビッチが34歳に 爆撃跡で練習、クラシック音楽を聞かせる……ユニークすぎた“テニスのお母さん”とは?
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byGetty Images
posted2021/05/22 11:02
本日5月22日はノバク・ジョコビッチの34回目の誕生日だ
「僕たちの仲間の中に、女の子のことしか頭にないヤツがいて、香水にサングラスって感じで着飾ってしょっちゅう女の子と遊びに行ってたんだ。それを横目に、ノバクはいつもストレッチをしながら言ってたよ。『テニスで成功すれば世界中の女の子がちやほやしてくれるさ。でもその成功のためには今やらないといけないことがある』ってね。まだ15歳の少年が言ったことを、僕は忘れられないよ(笑)」
フェデラーとナダルを追いかけて3年
ジョコビッチは「ジョコビッチ」への階段を着実に登っていた。ゲンチッチの予言よりは少し遅れたが、10代のうちにトップ5入りを果たし、20歳の全豪オープンでグランドスラム初タイトルを獲得し、24歳のときについに世界ナンバーワンに上り詰めた。
絶対的な支配力を誇ったロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルに次ぐ第3の地位を確立してから、3年以上の年月が経っていた。圧倒的な実力と人気を兼ね備えた二強に挑む宿命を背負ったジョコビッチの、血のにじむような研鑽の賜物だった。鉄壁と恐れられる守備力、あらゆるショットの精度の高さ、一瞬の隙から形勢を覆す勝負勘、最後の最後まで貫く不屈の精神力とスタミナ。これらは全て、少年時代から世界1位になるために生きてきた年月の先に、フェデラーとナダルが存在したから会得することができたのだろう。
王者を支えた「壮大な情熱と愛」
<テニスの母>は2013年の6月初め、ジョコビッチが全仏オープンを戦っている最中に76歳でその生涯を閉じた。そのときまでに6つのグランドスラム・タイトルを手にしていたジョコビッチだが、ローランギャロスの頂だけはまだ知らず、3度準決勝で敗れ、前年は決勝で敗れていた。ゲンチッチはジョコビッチの生涯グランドスラム達成を楽しみに待っていたという。3回戦の前に訃報を聞かされたジョコビッチはその場で泣き崩れたと、のちに父は語った。
それから3年後、ついにレッドクレーの最高峰を制した年、妻とともにコパオニクを訪れたジョコビッチは自らカメラを抱えて思い出の詰まった場所をレポートし、その動画を公開した。空爆の跡はまだ生々しく残っていた。
逆境を跳ね返し、何かを成し遂げるたび言い続けてきたことがある。
「僕ひとりの力ではないし、僕の成功でもない。国の力、国民の成功なんだ」
5月22日に34歳になる王者の鋼の肉体と精神を支えてきたものは、壮大な愛と情熱だ。残された最後のゴールへ突き進む原動力でもあるだろう。フェデラーとナダルが同数で並ぶ男子史上最多20回のグランドスラム優勝まで、あと2つと迫っている。