サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER
全国とは無縁、松葉杖で入団会見…代表デビュー&初ゴールDF山根視来の“ギリギリ”なサッカー人生【曺監督からのメッセージ】
text by
林遼平Ryohei Hayashi
photograph by7044/AFLO
posted2021/03/28 11:04
日本代表デビュー戦でゴールを奪ったDF山根視来(みき)。27歳で辿り着いた初舞台で見事に結果を残した
ヴェルディユースに上がれず
東京ヴェルディジュニアユースからユースに上がれなかった時も「サッカーを辞めようと思ったことはない」し、ウィザス高校(現・第一学院高等学校)に進学して全国とは無縁の3年間を過ごしても「サッカーをやりきっていない」と大学に進んだ。
大学でもレベルの差を痛感したが、そこに追いつくための努力を続けて最終的にはプロへの切符を勝ち取り、プロになって出番がなかろうが常に準備を怠らずチャンスを待った。
昨季に川崎に加入してからもそうだ。キャンプイン直後は周りの技術が高すぎると焦っていたが、開幕後はピッチの中で躍動感あるプレーを披露。シーズン終盤も「何もしなくてもチームが勝っていて効果的なプレーができていない」と悩んでいたが、新シーズンは自身の特徴である攻撃面を前面に出すことでアシストを連発している。
「湘南でプレーした4年間がなければ」
話を戻そう。転機となったのはプロ2年目だ。サイドアタッカーとしてアピールを続けていた山根を、当時の湘南の指揮官だった曺貴裁監督はCBにコンバートした。
攻撃的なプレイヤーが守備的なポジションに回されるとあって、一見、胸中は悔しさで満ちていたのではないかと思った。だが、山根はむしろプロで生き残るためにはここしかないと強く決意していた。
「正直、僕の中では前のポジションで生き残るのは無理だと思っていました。一番プレッシャーのかかるバイタルエリアで仕事ができない1年間を過ごしたわけですから。そういった中で、CBをやってみろと言われたので、そこまでびっくりはしなかったですね。監督に『とりあえず首を振っとけ、マークを見失うな』と言われて、最初は延々と首を振りながらプレーしていたのを覚えています(笑)。キャンプの時に、曺さんに初めて面と向かって『おまえ、パーフェクトだったぞ』と褒めてもらいました。それを聞いて、ここで頑張るしかないと思いましたね」
山根のベースは間違いなく湘南で形成されたものだ。球際の強さや攻守の切り替え、豊富な運動量、攻撃的な思考、相手に負けない闘争心。川崎に加入して技術力や戦術眼、プレーのクオリティなどには一段と磨きがかかったが、「湘南でプレーした4年間がなければ、今ここにはいない」とする言葉に偽りはない。