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「もし当たれば死ぬ」と打者に思わせた沢村栄治の“絶頂期”と田中将大「24勝0敗」シーズンの成績を比べたら
text by
太田俊明Toshiaki Ota
photograph byDigital Mix Company.
posted2021/03/21 17:02
沢村栄治は巨人軍のエースとして束となって襲い掛かるタイガースのエースたちとたった1人で勝負した
栄治による連勝が必須のピンチに起きた事故
春のリーグ戦は、終盤に至って総合力に勝る大阪タイガースが首位を走り、復調した栄治を中心とする投手力の巨人が2位で追走する構図となっていた。
各チーム8試合総当たりのうち、巨人とタイガースの対戦は、6試合を終えて3勝3敗の5分。巨人の3勝はいずれも栄治が勝利投手になっており、相変わらずタイガース打線を抑えられるのは栄治1人という構図がこのシーズンも続いていた。
両チームは、首位タイガースが1.5ゲーム差のリードを持って最後の直接対決2連戦をむかえることになった。巨人が逆転するにはここで2連勝するしかなく、逆にタイガースはひとつでも勝てば、リードを保ったまま巨人以外のチームとの最終盤の戦いに臨むことができるという圧倒的に有利な状況だった。
栄治の連投による連勝が必須の状況だったが、その栄治に事故が起きた。タイガースとの決戦を翌日に控えた6月25日、対名古屋軍の試合前の練習を手伝っていた栄治は、味方の打球を右眼に受けてグラウンドに昏倒した。
「監督、明日は何が何でも投げますから」
この日の先発はスタルヒンだったので栄治はすぐに宿舎のほてい家に戻り、腫れあがって開かなくなった右眼に冷えた馬肉を当てる応急処置をとった。
名古屋との試合を終えた後、心配して宿舎の栄治の部屋まで様子を見にきた藤本に、
「監督、明日は何が何でも投げますから」
栄治は、そう直訴したという。気力、体力ともに充実していたのだろう。
6月26日、1.5ゲーム差で迎えた巨人とタイガースの首位攻防の初戦は、巨人が栄治、タイガースは若林という両エースの先発で始まった。
1回表のマウンドに立った負傷あがりの栄治は、ヒットと四球に味方のエラーが重なって、自責点0ながらいきなり3点を失ったものの、2回からは立ち直って、9回までの8イニングを3安打、無四球、無失点に抑えて味方の反撃を待った。
一方、手負いのエースの力投に奮起した巨人打線は、若林から小刻みに5点を取って逆転に成功し、巨人が5対3で天王山の初戦に勝利をもぎ取った。
これで、タイガースとのゲーム差は0.5ゲームに縮まり、明日の試合に勝てば首位が入れ替わるところまでこぎつけたのだった。
その晩、栄治の体調を気遣いながら連投を打診した藤本に、栄治は笑顔で、
「投げさせてください。ど真ん中に投げても打たれない自信があります」
そう答えたという。