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「もし当たれば死ぬ」と打者に思わせた沢村栄治の“絶頂期”と田中将大「24勝0敗」シーズンの成績を比べたら 

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太田俊明

太田俊明Toshiaki Ota

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photograph byDigital Mix Company.

posted2021/03/21 17:02

「もし当たれば死ぬ」と打者に思わせた沢村栄治の“絶頂期”と田中将大「24勝0敗」シーズンの成績を比べたら<Number Web> photograph by Digital Mix Company.

沢村栄治は巨人軍のエースとして束となって襲い掛かるタイガースのエースたちとたった1人で勝負した

最終回となる12回表、試合がようやく動く

 この日は、第2試合として大東京軍対名古屋軍戦が組まれていたので、9回を終えたところで、「この試合は延長12回で打ち切りとなります」という場内アナウンスが流れて、観客からいっせいに不満の声があがった。タイガースは引き分けでも首位をキープできるが、巨人が逆転するためには勝利が必要だった。

 10回、11回と無得点が続き、巨人は最終回となる12回表に先頭の8番内堀が四球で出塁。9番の栄治がバントで送って1死二塁のチャンスを掴んだ。

 1番呉の代打の平山は一塁ファウルフライに倒れて2死。2番水原がサードに内野安打して2死一、三塁とチャンスを拡げた。この場面で3番の三原が、やや疲れのみえる景浦から左中間を破る会心の二塁打を放って、ついに巨人が土壇場で待望の1点を先制したのだった。

 12回裏のタイガースの最後の攻撃は1番からの好打順。1点のリードをもらった栄治は、1番松木をライトフライ、2番藤井をセカンドゴロ、3番の藤村もセカンドゴロと、簡単に三者凡退に打ち取ってゲームを終わらせた。

 結局、栄治は延長12回を1人で投げ切って、タイガース打線を3安打、無四球、8奪三振と完璧に封じてみせて、藤本の狙い通り1対0という僅差の勝利を巨人にもたらしたのだった。

 栄治を相手にして2戦2敗。これだけやっても勝てないのか――、全員が束になってもまだ勝てないのか――。タイガースナインのショックは大きかった。

 春季リーグは、洲崎での2連戦に連勝した巨人がタイガースを逆転して首位に立ったが、まだリーグ戦は残っていた。両チームの差はわずかに0.5ゲーム。直接対決はもうなくなったが、タイガースの総合力をもってすれば十分に再逆転は可能だった。

 だが、以後のタイガースは精彩を欠いた。最弱チームである大東京軍に5対9で敗れるなどして、巨人を抜き返すことができず、そのまま巨人の春季リーグ優勝が決まったのだった。

ほとんど議論もなく、初代の最高殊勲選手に栄治が選ばれた

 1937年7月14日、日本職業野球連盟の本部で初の最高殊勲選手を選ぶ会議が開催された。

 審判部長、公式記録員、東京運動記者クラブ代表者、大阪運動記者クラブ代表者が選考委員となり、勝利数、防御率、奪三振、勝率1位の巨人の沢村栄治、首位打者、本塁打王のタイガース松木謙治郎、セネタースの守備の名手・苅田久徳の3選手が、それぞれ投手、打者、守備者の代表として候補に選出されたが、ほとんど議論もなく、満場一致で栄治が初代の最高殊勲選手に選ばれた。優勝チームを牽引した不動のエース、そして最終盤のタイガースとの天王山での2連投2連勝が高く評価された当然の受賞だった。

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