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「黒人には無理」と言われて“本塁打王”になったハンク・アーロンがキング牧師に言われた一言とは?【追悼】
text by

ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byKYODO
posted2021/01/26 17:00

初の日米ホームラン競争を前にバッティングポーズを披露する王貞治選手(左)とハンク・アーロン選手
数々のエピソードが紹介されるなかで、アーロン氏が幼少期を回想する
歩道で白人とすれ違いそうになると、一緒に歩いていた父親に従って車道に降り、白人に道を譲ったという。さらに、父親に「大人になったらパイロットになりたい」と言うと「そんな黒人はいないんだよ」と言われ、「プロ野球選手になる」と言ったら、父親から「黒人には無理なんだよ」と言われた。
野球選手になってからもマイナー時代には、南部の田舎町でプレーしていると、他の黒人選手とともに汚い野次を受けた――。
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驚く人もいるかもしれないが、アメリカに住んでいると似たような出来事はそう珍しくない。今でも住宅選びの際に「あの町は白人が多いから安心だ」とか、「あの町は黒人が多いから治安が悪い」と聞くことがある。白人の居住区と黒人の居住区は何となく分かれていて、目に見えない優劣も存在する。
黒人選手への野次も、アーロン氏の頃から50年以上が経った2009年に、今はカブスでプレーしているジェイソン・ヘイワード外野手がやはり南部のマイナーリーグでのプレー中に同じような被害にあっている。
1947年にジャッキー・ロビンソンが史上初の黒人メジャーリーガーになって以来、アメリカ社会における人種差別に変化があったのは間違いないが、それは表面的なことに過ぎない。事実、黒人のパイロットやメジャーリーガーが当たり前になった今でも、依然として黒人の経営責任者や球団の上級職は極端に少ない。
それでも脅迫の手紙は捨てなかった
様々な差別を受けてきたアーロン氏だが、ルースの本塁打記録を破る際に送り付けられた脅迫の手紙の数々は捨てなかった。その理由を2010年の特集番組でこんな風に語っている。
「数多くの白人が自分のことを応援してくれていたのはよく分かっていたが、アメリカにはそれとは決定的に違う現実があり、どうにも抗いようのない歴史や構造があるということを思い出させてくれる」
今から10年前にアーロン氏が残したコメントは、今もアメリカ社会の現実にそのまま、当てはまる。彼の死に際し、米国のメディアが「ハンク・アーロンと人種闘争」について語り続けたのは厳しい現実が今も存在するからだろう。
「Black Lives Matter」はもはや、アメリカ国内だけの出来事ではない。それを「外国の出来事だから」とか、「アメリカに暮らす白人でも黒人でもない我々には決して理解できないことであり、語るべきことでもない」というのが言い訳に過ぎないという認識が広まったからこそ、サッカーのプレミアリーグやヨーロッパ主導の自動車レースであるF1でも「膝つき抗議」(人種差別への抗議の意を表する)が行われるようになったはずだ。
アーロンがキング牧師に言われたこと
ただし、アーロン氏はボクシングの元世界王者モハメド・アリ氏のように公然と人種差別に挑戦していたわけではない。