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沢村賞投手・大野雄大に“火をつけた”スラッガーとは「自分を曲げても勝たないといけなかったんで」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2020/12/02 06:00
率直に語ってくれた大野雄大投手
エースの立場を忘れて戦いたくなる“凄さ”
それから約1カ月後、大野は、再びナゴヤドームで筒香を打席に迎えた。そして、この時、エースは自分を捨てた。
「投手としては情けないですけど、追い込んでからクイックで投げたんです。三振を取ったんですが、筒香も『なんや、あのピッチング』と思っていたはずです。不満そうな顔をしていました。テレビで見ている他球団の選手にも『なんや、大野さん、クイックで投げてる』と思われたかもしれない。でも、そうするしかなかった。自分を曲げても、勝たないといけなかったんで」
走者がいないにもかかわらず、打者のタイミングを外すためにクイックモーションで投げる。これは選手間で“男を下げる”行為と見なされる。エースと4番の対決では特にそうだ。横綱同士の取り組みで立ち会いに変化することと似ているかもしれない。ただ、大野はそれも覚悟の上で“変化”した。屈辱を胸にしまいながら、エースの使命を果たした。
「彼の凄いところは内角を打てること。ああいう打者は内側を意識させないと、外のボールをホームランにされてしまうので、どこかで必ず1球は内に投げるんですが、それを打たれてしまう。ヤマを張っていたのなら納得できるんですが、僕には反応で打っているように見えるんです。正直、どこに投げても打たれるような気がしていました」
何度も痛い目にあった。それなのに、エースの立場を忘れてまで勝負したくなる。
「ああいう打者をねじ伏せられるようにならないとダメだと思います。まだまだ、エースには、なれそうもないですね……」
エースと呼ばれる投手の向上心をさらにかき立て、「真のエース」へと引き上げる。筒香の凄さは、そんなところにもあるようだ。