Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
沢村賞投手・大野雄大に“火をつけた”スラッガーとは「自分を曲げても勝たないといけなかったんで」
posted2020/12/02 06:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Kiichi Matsumoto
そんな大野選手は以前に「本当に怖い打者」についてこんな証言を残している。今回は特別にその記事を公開する。
<初出:Number912号(2016年10月6日発売) 『ライバル投手が語る “本当に怖い”スラッガー(大野雄大編)』/肩書きなどは当時のままです>
真っ向勝負のつもりはなかった。7月27日、ナゴヤドームでのDeNA戦、8回2死走者なし。中日のエース大野は相手の4番筒香を打席に迎えていた。0-1とビハインドだったが、追加点を与えなければ、逆転の可能性は十分にある。四球で歩かせてもいい場面だった。
「一発だけはいけない場面で、それはわかっていました。チームとして、そういう打ち合わせもしていたので」
前年の筒香との対戦成績は15打数10安打。“ヘビとカエル”の関係だった。試合前のチームミーティングでも筒香との勝負は極力避けるという確認をしていた。
だが、その初球、外角を狙ったストレートが内角高めに抜けると、筒香がこれを豪快に空振りした。この瞬間、大野の中である感情が芽生えた。
「ボール気味の球をものすごい空振りしたんです。あれで、俺の真っ直ぐはこういう打者から空振りを取れるんだ、力で抑えたい、と思ってしまった。たかがワンストライクなんですけど、(対抗心に)火がついてしまったんですよ」
「あの打席のピッチングは自己満足でしかないです」
大野が上がるマウンドは常に勝利を期待される。ただ、筒香の1つの空振りが投手の本能を刺激した。エースは背負っている使命を忘れ、個人の勝負に没頭した。
3球目、決めにいったスライダーが高めに浮いた。白球はあっという間に右翼スタンドに吸い込まれていた。絶対に打たれてはいけない一発を浴び、チームはそのまま敗れた。
「低めを突いて内野ゴロを打たせるか、それに手を出さなければ、最悪、歩かせてもいいと思っていました。ただ、あの空振りで……。あの打席のピッチングは自己満足でしかないです。監督やコーチ、チームメートにも随分と言われました」
チーム方針を見失ったエースに、ベンチの冷たい視線が突き刺さった。