メジャーリーグPRESSBACK NUMBER
「明日すら、見失いそうに…」引退式で藤川球児が思わず声を詰まらせた“MLBでの3年間”
text by
ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byKYODO
posted2020/11/30 17:02
引退スピーチでは声を詰まらせながらも、笑顔を見せた藤川球児
それからも、藤川氏の取材は何度か続いた。ミシガン州やアイオワ州のマイナーリーグ球場、まだ改築前だったカブスの本拠地リグリーフィールドの狭苦しいクラブハウスで、話をする機会に恵まれた。
ピッチングを再開した頃、マイナーで試合に出始めた頃、彼の表情はいつも明るかった。投球内容が良かったからではない。思い通りのピッチングができなくても、自分が思っているような球が投げられなくても、怪我を乗り越え、何とか試合で投げられる状態まで戻ったことに、最初はちょっとした安心感みたいなものがあったのだろう。
それが微妙に変化し始めたのは、メジャーリーグに復帰するかしないかの頃だったと思う。
引退式で語った「うまくいかない日々」
アイオワ・カブスからシカゴ・カブスへとユニフォームが変わり、田舎町のマイナー球場からシカゴのリグリーフィールドへと舞台が変わったのに、その頃の彼はどこか浮かない表情を見せることがあった。
ある日の登板後、彼はこう言っている。
「僕らの仕事はバッターを抑えることなんで、チームが勝つという結果に繋がればそれでいいんですけど、今みたいにあまり勝敗に関係ないところで投げるんだったら、もっと内容重視と言うか、もっとパフォーマンスを上げないといけない……。そうするための準備も大事ですし、気持ちの問題と言うか。だから今も、いろいろ思うところはあります」
彼はあの時、他の誰にも見ることのできない景色の中にいたのではないかと思う。今年の11月10日、彼が甲子園球場で行った引退スピーチで、彼は当時を振り返って、こう言っている。
「(アメリカで)本当に苦しいことばかりで、孤独で、また新人の頃のようにうまくいかない日々が訪れ、明日すら……」
言葉が途切れた。
彼の言う「苦しいこと」、「孤独」、「うまくいかない日々」。カブスにいた頃、藤川氏が自分のピッチング以外で愚痴をこぼしたり、自分が置かれている現況を感情的に話したという事実はないが、当時の彼を取り巻く環境を理解すれば、その心情を想像するのは難しいことではない。