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【ソフトバンク優勝】「君にホークスの19番を…」初の“胴上げ捕手”甲斐拓也が胸に秘めるノムさんの言葉
posted2020/10/28 17:01
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph by
KYODO
優勝へと向かうラストイニング。
例年ならば地鳴りのような歓声が一球ごとに沸き上がるが、新しい応援様式で楽しむ今シーズンにおいては少し違って見えた。今年は声援の代わりに、たくさんの拍手が選手たちの背中を押していた。それは力強くもあるが、どこか温かい雰囲気を醸し出して球場全体を包み込んでいた。
10月27日、ペイペイドームのグラウンドに立つ9人のホークスの選手たちの表情もまた輝いて見えた。そして、正捕手である甲斐拓也は、この試合でもまた最後の一球までマスクを全うしようとしていた。
「最後にね、この光景をしっかり目に焼き付けておこうと思っていました。今までにない雰囲気、ベンチで身を乗り出すチームメイト、そして球場360度をぐるりと囲むお客さんを見渡しました。今見ている光景を大事にしたい。そう思いながら見ました」
優勝が決定する瞬間にマスクを被っていられること。
最後のアウトをとれば、グッと右手のこぶしを握りマウンドに駆け寄って投手と熱い抱擁を交わす。一人のプロ野球選手として、そしてキャッチャーとしてこれほど幸せなことはない。
初めての「胴上げ捕手」
甲斐は17年から実質的にレギュラー捕手となった。ホークスのリーグ優勝はその年以来だが、日本一には昨年まで3年連続で輝いている。クライマックスシリーズの優勝も含めれば、甲斐はすっかり大舞台の常連捕手だ。
しかし、今年の新しい祝福様式においては何とも表現が難しいが、甲斐が「胴上げ捕手」になったのはこれが初めてだった。
3年前のリーグ優勝も、毎年のクライマックスシリーズも日本シリーズも、最後の最後に投手をリードしていたのはベテランの高谷裕亮だった。甲斐はスタメンを任されながら途中交代して、歓喜の瞬間はベンチから飛び出していくのが常だった。
何度も目撃した“グラウンドで痛みに悶える姿”
レギュラーを掴んでから昨年まで3年連続でパ・リーグのゴールデングラブ賞に輝いている。侍ジャパンのメンバーでもある。
しかし、甲斐が高く評価をされるのは「キャノン」の異名をもつ鉄砲肩ばかりだった。今年もパ・リーグ優勝を決めた10月27日時点で、盗塁阻止率.339で堂々のリーグ1位に立っている。
もう一つ、あまり目立たないかもしれないが、投手のワンバウンド投球を止める能力は球界随一である。育成同期入団の千賀滉大のお化けフォークを若い頃からずっと止めてきたおかげなのか、フットワークも軽くてどんなに難しいワンバウンド投球でもほとんど後ろに逸らすことはない。すべて体を張って止めている。当然、生傷やアザが絶えることはないし、グラウンドで痛みに悶える姿を今年も何度も目撃した。想像を絶する激痛に耐えながら、それでも職務を全うする。そのプロフェッショナルな姿勢に思わず唸ったことが何度あったか数えきれない。
「フォアボール連発は甲斐のせい」の声
その一方でリードが酷評される場面が少なくなかった。