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【引退】23歳五十嵐亮太vs巨人最終打席の松井秀喜「全球ストレート」で50号はあまりに強烈だった
posted2020/10/25 11:00
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph by
Kyodo News
「あの場面のことは、今でもよく覚えていますよ……」
現在、東京・下北沢でオーガニックレストラン「westside cafe」を営んでいる米野智人さんは笑顔で語った。ヤクルトなどで活躍した米野さんの言う「あの場面」とは、2002年10月10日、この年限りで巨人を去ることになる松井秀喜が、02年最終戦の最終打席でシーズン50号を放つ「直前」のことだ。
マウンド上には、プロ5年目を迎えていた五十嵐亮太。チームメイトの石井弘寿との中継ぎコンビは「ロケットボーイズ」と命名され、まさに脂の乗り切っている時期にあった。ここまで松井が放ったホームランは49本。「はたして、シーズン50号は達成されるのか?」、東京ドームに集った多くの巨人ファンは固唾を呑んで見守っていた。
日本での松井の最後の打席かもしれない
この頃、松井のメジャー移籍が噂されていた。結果的にこの年のオフ、松井は巨人を去り、ニューヨークヤンキースの一員となる。ファンは「これが、日本における松井の最後の打席かもしれない……」、そんな思いで、五十嵐との対決を見守っていた。148キロ、150キロ、152キロ……。五十嵐は初球から自慢のストレートを投げ続ける。まさに「真っ向勝負」と呼ぶべき両雄の対決だった。マスクをかぶっていた米野さんが振り返る。
「あの日は全球ストレートでしたね。ツーストライクと追い込んでから、僕は何度もフォークのサインを出したんです。でも、亮太さんは絶対に首を縦に振らない。“ストレートを投げたい”という意思表示でした。後で亮太さんは“球場全体が勝負を望んでいるムードだったから……”って言っていました(笑)」
普段はキャッチャーのサイン通りに投げていた五十嵐による、強固な意思表示だった。当然、米野さんも五十嵐の思いを敏感に察した。ベンチからの指示もない。ピッチャーの投げたいボールを思う存分投げさせることが、この場面での最善の方法だと判断した。
そして、4球目――。米野さんにとって、今でも鮮烈に記憶に残る場面が訪れる。五十嵐の投じた渾身のストレートを、松井はフルスイングする。打球は三塁側カメラマン席の前に上がる大きなフライとなった。完全なミスショットだった。しかし、この打球を彼は落球してしまったのだ。