桐生一は、外のストレートを狙っていた。

　終盤は反撃を浴び、異例のシーズンでの実戦不足からか、体力面の衰えは隠せなかったが、巧みな投球術を駆使してのピッチングに試合をひっくり返される気配はしなかった。

　特に、中森の凄みを感じたのは、相手打線の特徴を掴む嗅覚だ。

　相手の桐生一打線は、中森対策を初回から講じてきていた。

　主将で3番の広瀬智也が説明する。

「低めの変化球には手を出さないようにして、ストライクを取りにきたストレートを狙う。目付けは外でした。インコースを意識すると、外が遠くなっちゃうからです」

　1回表、先頭の飯塚一樹は右翼ライナーに倒れたが、2球目の外のスライダーをライトライナーにしている。打ったのは変化球だが、チームとして中森に対して踏み込んで勝負しようというアプローチは徹底されていた。

　この日中森は3死球を与えているが、これはコントロールミスというよりも、桐生一の打者が外に目付けをしていて避け損ねたところもあっただろう。

8回のピンチ、最後に投げ込んだのは。

　7回に1点を返した桐生一は、8回にチャンスを作った。2死から1番の飯塚が四球で出塁、2番の曽我一瑳が右翼前安打で続いてチャンスメーク。2死一、三塁として広瀬に回したのだ。

　この打席まで2死球1三振の広瀬は、完全にインコースを捨てていた。試合前からのチームの徹底どおり、いかに変化球を見逃してストライクを取りにきたストレートを捉えるかだった。

　1ストライクからの2球目の外のストレートで、一塁走者が盗塁に成功。広瀬が見逃した球はストライクで2ナッシングとなったが、3球目のインコースのストレートがボールになると、4球目は外のチェンジアップ。広瀬はこれを見逃した。

　カウント2－2となって勝負の5球目。中森は、インコースに146キロのストレートを投げ込んだのだ。

【次ページ】　インコースを捨てた広瀬、投げ込んだ中森。