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『バトルスタディーズ』の原点。
作者が語る、あの夏とPL学園。 

text by

村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

PROFILE

photograph byHideki Sugiyama

posted2020/08/12 11:40

『バトルスタディーズ』の原点。作者が語る、あの夏とPL学園。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

『バトルスタディーズ』は暴露ではなく、なきぼくろ氏のPL学園への愛の結晶なのである。

「せっかくだから、ちょっとだけ泣いとけ」

 試合が終わり、整列を終えたなきぼくろは、雨の中で再び涙を流したという。

「告白すると『せっかくだから、ちょっとだけ泣いとけ』みたいな感じでした。これで野球が終わったけど、僕はあのバントを決めたことで、3年間やってきたことをしっかり出せたと思えたんですね。

 試合に負けてすべてが終わった後に出てきた涙は、やりきった満足感と、もう戦わなくてええんやという安心感だったと思います。通路を引き上げて行く時には、他の選手に『なに泣いとんねん』と言ってたぐらいでしたからね。まぁ、みんなは優勝を目指していて、僕はそれぐらいの気持ちだったからなのかもしれないですけど」

 甲子園が終わり、他のメンバーが大学や社会人へ次の進路を決めていくなか、なきぼくろは、野球からきっぱり足を洗った。天下のPL学園のレギュラーといえば、どこでも引く手数多であるはずだろう。実際に大学からの誘いもあったが、なきぼくろはそれを断り、おそらく史上初めて、大阪の美術系専門学校という奇特すぎる進路を選んだ。

デビュー作に人生最大の経験を賭ける。

「結局僕は、野球よりもPL学園が好きやったんやと思います。卒業後もPLの試合は見るけど、甲子園もそんなに見ることもありませんでしたから。それからは野球とは離れて好きな画を描いて、ブラックミュージックやバンドもやりながら、結婚式のウェルカムボードなんかを描いて生活していました」

 卒業から10年の時が流れた2013年。なきぼくろは漫画家になった。マンガは好きでもなければほとんど読んだこともない。その年の正月の初夢で漫画家になる夢を見たのだ。早速モーニングの新人賞に作品を出してみると、奨励賞を貰えてデビューへの道が拓けた。問題は何を描くか。なきぼくろには、PL学園野球部出身という誰も持ち得ない大ネタがあった。

「僕はそれまでマンガを描いたこともなければ読んだこともなかった。経験も何もないデビュー戦で、自分の人生の最大の経験を使ってしまっていいのか。プロの漫画家として上達してから描いた方がいいんじゃないかと考えました。でもそこを担当の編集者さんがうまいことリードしてくれたので、『ほな描きます』と返事しました。でも、簡単じゃないですよ。PL学園には皆とんでもなく思い入れのある人たちが山ほどいる。描くんやったら死ぬ気で一生懸命やらないかんという覚悟が必要でした」

【次ページ】 OBの視線は「めっちゃ怖かった」。

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