ボクシングPRESSBACK NUMBER
木村翔×田中恒成、2018年世界戦。
エリートを襲った“恐怖心”と怪我。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2020/07/09 11:00
スピードとテクニックなら挑戦者・田中(左)、前に出る馬力なら王者・木村という構図だった。
スピードとテクニックでは田中が上。
田中が「もちろん試合になれば関係ない」と話すように、周囲が作り上げるいつもとは違った雰囲気をよそに、木村と田中の試合への集中が途切れることはなかった。
この試合、田中がAサイドと書いたが、それは田中を名古屋のテレビ局がバックアップしていて、試合が地元で開催されることだけが理由ではなかった。
木村の馬力と勝負強さは買うが、スピードとテクニックでは田中が上。田中が判定、場合によってはKOで勝つだろう――というのが戦前の最も平均的な見方だったのだ。
実際のところ木村は「アマチュアエリートだし、無敗だし、スピードとテクニックは相当なものがあると思っていた」と田中の実力を高く評価し、チャンピオンである自分が不利と言われることにも納得していた。
田中は「怖かった」と言葉にした。
木村のボクシングは愚直に前に出てボディを叩き、打撃戦に持ち込むスタイルだ。ガードを固めて前に出る圧力と、最後まで途切れないスタミナには絶対の自信がある。
怖いのは田中にパンチを外されて空転することだった。だから木村は試合に向け、田中を“つかまえる”練習に精を出した。
では有利と目された田中に余裕はあったか。答えは「ノー」だ。当時を振り返る田中は木村戦前の心境を「怖かった」とストレートに言葉にした。
「木村さんはスタミナがあって、打たれ強くて、気持ちが強い。どんどん手数を出して前に出てくるタイプ。ようはオレがあんまり好きじゃないタイプ。一番疲れる選手ですから。
しかも、そういう戦い方のファイターが勢いに乗ってるときって一番怖い。迷いなくくるから怖い。あのときの木村さんは乗っていて、ものすごく勢いがあった」
田中は周囲が予想するよりもはるかに木村を警戒していた。