スポーツはどこへ行くBACK NUMBER
野球とともに生きるあるトレーナーの、
絶望と希望に揺れたコロナ禍の3カ月。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHidekazu Tejima
posted2020/06/29 20:00
治療院をオープンした直後に、コロナ禍に巻き込まれた手嶋秀和氏。
「真夜中に走っている選手を見たこともあります」
プロ選手も同じだった。
手嶋が朝、ランニングをしようとまだ人影のない公園へ行くと、どこかで見たことのある顔がボールを投げ、バットを振っていた。
夜の浜辺でひとり走っている者もいた。
「誰もいない、朝の早い時間帯を見計らって、練習している選手を見かけましたよ。真夜中に走っている選手を見たこともあります」
これまで毎日、甲子園でナイター照明を浴びていた男たちが街の片隅で汗を流していた。
もしかしたら球団から外出禁止を言い渡されている期間だったかもしれない。たとえそうだったとしても彼らを責める気には到底ならなかった。野球を仕事として生きるというのはそういうことなのだと、妙に胸が熱くなった。
いつしか、無力感は消えていた。
『球団から治療だけは行っていいと言われているので……。今からお願いできますか?』
やがてプロ選手から電話がかかってくるようになった。目の覚めるような思いがした。
再び、手嶋の日常が始まった。
プロ野球開幕で、また忙しい日々が帰ってきた。
6月19日。ついにプロ野球が開幕した。手嶋は慌ただしい日々を送っている。
「昼間はアマチュアの選手を診ることが多いですが、プロ野球のスケジュールなんかもチェックして、ああ、この時間に来そうだなと思ったら、そこは『休憩』として空けておくんです。ユニホームを着れば、彼らは体が変わるということを僕は知っています。一旦、始まれば緊張感からどうしても体に張りが出るんです。だから試合の前にはそれを取り除いておきたい。だったら、このぐらいの時間にやってくるだろうなと……」
案の定、手嶋の電話が鳴る。
馴染みのタテジマの選手からだ。
『今から、いけますか?』
読み通りである。
「プロ野球も、タイガースも、いろいろありましたし、この期間に考えることもあったはずです。僕もそうでした。でも……、だからこそ乞うご期待ですよ。僕はそう思っています」
ウィルスによってスポーツは死なない。野球は死なない。
手嶋には今、その実感がある。