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木村沙織の別格の存在感とワクワク。
仲間が「勝負の1本」を託した理由。 

text by

田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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photograph byKaoru Watanabe/JMPA

posted2020/05/23 11:30

木村沙織の別格の存在感とワクワク。仲間が「勝負の1本」を託した理由。<Number Web> photograph by Kaoru Watanabe/JMPA

2017年に現役引退した木村沙織。銅メダルを獲得したロンドン五輪では、別格の存在感を見せつけた。

木村の取材はいつも緊張した。

 コートを離れればごく普通、いや人並み以上に女子力の高い年頃の女性で、バレーボールよりも恋愛やコスメ、美容グッズの話に花が咲くことも多く、試合直後のインタビューでも、想定や仮定を遥かに上回る回答で“天然”と見なされたこともある。

 だが、それはあくまで表面だけ。笑ったり、考え込んだりしながらも1対1のインタビュー時に彼女が発する言葉は、そんなことを考えていたんだ、と意表を突かれることばかりで何度も驚かされた。核心を突こうと思いつつ、どうやって切り込むか、と迷った挙句、まずは、と曖昧な聞き方をすると、えーっと、と笑いながら「あれ、質問何でしたっけ」とはぐらかされる。何度重ねても、取材前はいつも緊張した。

 特に、2013年のトルコ。撮影用の化粧と髪型をえらく気に入り「これ、めっちゃかわいいですよね」とニコニコしていたかと思うと、急に真剣な顔で「(全日本の)キャプテンをやってみることにしました」と切り出してくる。次にどんな引き出しが開くのか。それはプレーだけではなく取材者に対しても同じで、何が出てくるかわからない相手へ臨機応変に対応するために、見逃さぬように、聞き逃さぬようにどれだけ準備するか。その大切さを教えてくれたのは紛れもなく木村沙織だった。

木村沙織が教えてくれたバレーの楽しさ。

 東レで勝ち続けた頃や、日本代表のエースとして戦いメダルを獲った頃。途中交代を命じられアップゾーンで不服そうに立ち尽くした試合や、開幕から勝てずに打ちひしがれる姿。輝かしい時代も、笑顔など消えるぐらい苦しい時代も、気づけば当たり前のようにいた木村沙織は、もうコートにいない。

 人気回復や絶対的エースの存在。それぞれの立場で「木村沙織がいれば」と願う人はきっと少なくない。もちろん筆者も、ありえないだろうと思いながらも、引退当初はひそかに望んだ。何かの拍子に気が向かないか、と。

 だが、夢だったカフェ経営や、愛犬を含めた家族との生活。穏やかで幸せな日々を過ごす木村がコートに戻ることはなく、今、日本代表の中心にはそんな彼女と共にプレーし、その背を追い、慕ってきた選手たちがいる。さらに先へと目を向ければ、あの頃、木村沙織に憧れた小学生がいつか、世界と渡り合う日が来るのもそう遠くないはずだ。

 だから嘆く必要も、後継者を探す必要もない。木村沙織が何度も見せたバレーボールの楽しさは、これからも受け継がれ、広がっていく。

 どぎついサーブやスパイクで相手を攻め、連続得点を重ねながら憎らしいほどの笑顔で喜ぶ選手が、きっと、これからも――。そんな未来を想像するだけで、ワクワクする。

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