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<母国探訪ルポ>
モハメド・サラー「エジプトの祈りと泣き虫ハメダ」

posted2020/05/24 18:00

 
<母国探訪ルポ>モハメド・サラー「エジプトの祈りと泣き虫ハメダ」<Number Web> photograph by Daisuke Nakashima

text by

豊福晋

豊福晋Shin Toyofuku

PROFILE

photograph by

Daisuke Nakashima

Numberでも数多くのサッカーに関する記事を執筆するライター豊福晋さん。その著書『欧州 旅するフットボール』が、第7回サッカー本大賞2020を受賞した。欧州に移住してから20年、世界中でサッカーを追いかけてきた。

今回の受賞を記念して、リバプールで2018-2019シーズンCL制覇の原動力となったモハメド・サラーのその故郷を訪ね、幼少期を知る人々の話に耳を傾けた旅のルポを特別に公開いたします。(Number985号掲載)

 遠くカイロからの電話回線は混んでいて、言葉の節々にときおり雑音が混ざった。

「こっちはすごいことになっている。どこもかしこもサラーだ。私も何かと彼について聞かれている。チャンピオンズリーグで優勝したからな。エジプト中が彼を奉っているんだ」

 6月中旬、電話の向こうは元日本代表監督のハビエル・アギーレだ。当時はエジプト代表監督を務め、現地に住んでいた。

 聞きたかったのは、母国でのモハメド・サラーについてだった。

 数週間前の光景が目に焼き付いていた。

 マドリード、メトロポリターノ。舞台はチャンピオンズリーグ決勝、リバプール対トッテナム。開始2分でのPKによる先制点にスタンドは沸き、サラーはチームメイトの赤い輪の中で祝福された。

 やがて抱擁が終わると、選手たちはひとり、またひとりと静かに離れては自陣へと戻っていった。誰もが、その次にサラーが何をするのかを分かっているようだった。

 浅黒く日焼けした両手が地に重なる。サラーはひざまづき、ピッチに頭をつけ何かをつぶやく。ひとり静かに、自ら決めた先制点を祝っていた。目の前のスパーズサポーターから激しい非難が飛んでくる。その反対側、遠くのリバプール陣営からは主役を讃える歌が聞こえてくる。

国民的英雄は、神のような存在か。

 世界の視線が集まる中、ピッチの一角に造った小さな世界で彼は祈り続けていた。

 その先制点は試合の流れを呼び込む決定的なものとなり、リバプールは2-0で勝ち欧州王者となった。サラーはCLで優勝した、初めてのエジプト人選手となった。

 電話でアギーレと現地で会うことを約束する。電話口の向こうからは賑やかな騒ぎ声がきこえてきた。この時期、イスラム世界はラマダン明けを迎えようとしている。イード・アル・フィトル。断食後の国をあげての祝祭だ。電話を切ってからも耳の奥に、喧騒の余韻が漂っていた。

 アギーレが言うように、間違いなく今ではサラーは国民的英雄だ。そして27歳の彼はまだ勝ち続けることができる。

 エジプト人にとって、きっと彼は神のような存在なのだろう。

 そう思いこんでいた。サラーの足跡を追って、ナイルが育んだ大地を巡るまでは。

【次ページ】 ラマダンの夜は、欲望に彩られている。

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