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申ジエの凄みと渋野日向子の思いやり。
全英女子で究極の緊張からの、笑顔。
text by

南しずかShizuka Minami
photograph byGetty Images
posted2020/05/07 07:30

2012年全英女子オープン最終日。18番ホール第3打目を考える申ジエ。ロイヤル・リバプールGCは真っ赤な夕日が差し込んでいた。
“自分との戦い”と“自然との戦い”が全英。
そんな申らしい強靭なメンタルと練習の成果がいかんなく発揮された大会がある。
2012年の全英女子だ。
申は2位の朴仁妃(韓国)に9打差と圧勝した。
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後続をまったく寄せ付けず、異次元の強さを見せつけた申に、当時の試合中の心境など、2020年4月下旬に改めて、彼女自身にいろいろ振り返ってもらった。
「全英女子とは “自分との戦い”、“自然との戦い”が最も赤裸々になる試合なんです」
申の言うとおり、2012年の全英女子は、まさにその2つの極限の戦いが繰り広げられた。
戦いの舞台となったロイヤル・リバプールGCには、これでもかというくらい強い海風が吹きつけていた。大会2日目はグリーン上のボールが動いてしまうほどの強風で「これではまともな試合ができない」という選手たちの抗議もあり、その日は中止となる。翌日に改めて第2ラウンドが行われた。
第2ラウンドを終えた時点で、申は2位に5打差の単独首位。メジャー制覇に最も近い位置にいるものの、2日目が中止になったため、最終日は36ホールある。まだ何が起こるか分からない。
「私はポジティブ思考なので、あるがままの状態を素直に受け入れて『ピンチの時こそチャンスがある!』とチャンスメイクすることを心がけました」と申が振り返る。
その言葉通り、最終日にボギーが先行しても、すぐバーディをとりかえした。
夕日に照らされた申の、一瞬の笑顔。
最終ラウンドの11番、激しい雨風で一時中断した時は、そのちょっとした時間を利用して「最後の力を振り絞る大事な糧になるから」とサンドイッチを頬張った。
そんな冷静沈着な申に呼応するかのように、13番あたりで雨と風が止んだ。すかさず13番、15番、16番とバーディを重ねる。追従者に付け入る隙を与えなかった。
むかえた18番、刻々と夕闇が迫る中、サッと一筋の光がゴルフ場に差し込んだ。第3打を打つ前に夕日に照らされた申は微笑んでいた。
私は気圧された。
その天性の勝負師のゾッとするような強さに、一瞬触れた気がしたからだと思う。
「『勝つ』という感覚は、あらゆる言葉を使ってもうまく表現できないんです。私だけのフィーリングです」(申)
穏やかで自身に満ちあふれたメジャー覇者の笑顔を、私は忘れることがないだろう。