彼女の「もし」は湿っていない。

　引退後、大林はずっと日本代表戦のレポーターを務めている。階上の放送席から見下ろすのでなく、選手と同じ目線で汗の飛び散るコートに立ち、熱と声を拾ってくる。

「コートサイドレポートは4位だからいける場所、聞けることなのかなと。逆に金メダリストだから言える言葉がありますから。勝った人には勝った人しか見られない絶景が絶対にあるし、負け犬の遠吠えではないですが、負けた人にしか見られない景色、そして言葉があるんです」

　あのソウルでの準決勝、何度振り返っても思うことはたったひとつだという。

「あと2点、3点というところで、なぜ私が全部打って決められなかったのかなと。それだけです」

　彼女の「もし」は湿っていない。後悔を通り越し、受け止め切っている。

「私が犯人です」。いつもの笑みでそう言える。敗北を咀嚼していない人間はこうはいかない。うれしい時にだけ笑い、悲しければ顔をゆがめるしかない。

　大林はいつも笑っている。敗北を噛み砕き、反芻してきた人の笑みだ。

　そうでなければ、自ら歴史の戦犯を名乗ることなどできないだろう。

　◇　　◇　　◇

＜この大会で日本は…＞
【期間】1988年9月17日～10月2日
【開催地】ソウル（韓国）
【参加国数】159
【参加人数】8,391人（男子6,197人、女子2,194人）
【競技種目数】23競技237種目（卓球などが追加）