ラグビーPRESSBACK NUMBER
稲垣啓太、ドラマを超えた初トライ。
仲間が繋いだ3連続オフロードパス。
posted2019/10/14 13:00
text by
多羅正崇Masataka Tara
photograph by
Naoya Sanuki
自己犠牲のスポーツともいわれるラグビー。相手のタックルを受けながら味方にボールを託す「オフロードパス」は、気高いラグビー精神を体現するプレーのひとつだ。身を殺してチームの活路を開き、楕円球という命を先へと繋ぐ。
アジアラグビー初のW杯8強進出を決め、新世紀の扉をこじ開けたスコットランド戦の前半25分。そんな想いの詰まったオフロードパスを受けてトライをしたのは、これまでずっと自己犠牲に専念してきた男だった。
プロップの稲垣啓太は、日本代表戦で一度もトライをしたことがなかった。
新潟工から関東学院大、パナソニックと進んだ大型プロップ。トップリーグ新人賞とベスト15をダブル受賞した直後の2014年3月、日本代表合宿に初招集。ただこれまで32試合でトライはなかった。ずっとトライした仲間を讃える側だった。
ただフォワードのノートライは献身性の象徴であり、渋く光る勲章だ。6年連続ベスト15に選出されているトップリーグでも通算2トライの稲垣は、そんな勲章のコレクターだった。
ノートライの男に数奇な運命が。
だが2019年10月13日、数奇な運命は待っていた。
舞台は6万7666人が結集した横浜国際総合競技場。
前夜に首都圏を直撃した台風19号の犠牲者の方々へ黙とうを捧げ、日本はピッチへ走り出した。中止の場合でも引き分けとなり8強進出が決まっていたが、相手は2015年W杯で、唯一の黒星を喫したスコットランドだ。
雪辱を果たす。
その思いは日本サポーターも同じだったかもしれない。3試合ぶりにキャプテンに復帰したフランカーのリーチマイケルが突進するたび、会場から「リーチ!」の大声援が巻き起こった。
「最初の20分はポゼッション(ボール保持率)を上げようと。向こうも仕掛けてくるから、前半はタフになるだろう、後半からテンポを上げていこうという話をしていました」(プロップ稲垣)