酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
金田正一vs.長嶋・王のドラマ性。
初対決は三振の山、でもその後は。
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byKyodo News
posted2019/10/09 11:15
国鉄から巨人へと加入した金田正一(中央)。ONという偉大な打者と対戦して、そのすごさを実感したからこそ移籍を決断した。
一本足打法を会得して以降は……。
<金田正一と王貞治の年度別対戦成績>
1959年
7打数2安打1本塁打2打点
打率.286
1960年
25打数4安打1本塁打4打点
打率.160
1961年
12打数5安打1本塁打1打点
打率.417
1962年
34打数9安打1本塁打2打点
打率.265
1963年
29打数9安打2本塁打4打点
打率.310
1964年
31打数10安打7本塁打12打点
打率.323
通算
138打数39安打13本塁打25打点
打率.283
王貞治は、1962年シーズン中に「一本足打法」になるまでは、三振の多い荒っぽい打者で、打席では「王、王、三振王」というヤジが飛んだという。左腕金田も左打者・王貞治に苦手意識はなかっただろう。
しかし王は、一本足打法を会得して、史上最強打者へと変貌する。金田との対戦成績は、まさにその上昇カーブを反映している。最後の年など金田は1人で7本のアーチを献上している。
巨人移籍後は、V9達成に大きく貢献。
金田正一は1964年オフに「10年選手」の権利を行使して巨人に移籍している。
このときに「ONをバックに投げてみたい」と言ったとされるが、その裏には2人の大打者に「こんなに打ちまくられてはかなわない」という意識があったのかもしれない。
以後、5シーズン、金田正一はONのチームメイトとして、1965年から始まった空前の巨人V9を実現するのだ。
巨人だけが強かった「昭和のプロ野球」。関西人の私は苦々しい思いで見ていたが、こうして振り返ると大河ドラマを見るような絢爛豪華さを感じる。
きっと、こういう時代はもうこないのだと思う。