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父が心配した守備で見せた「確実性」。
ドラ1太田椋の強さとしなやかさ。

posted2019/09/19 11:40

 
父が心配した守備で見せた「確実性」。ドラ1太田椋の強さとしなやかさ。<Number Web> photograph by Kyodo News

天理高校からドラフト1位でオリックスに入団。9月14日の楽天戦で8番・遊撃手でスタメン出場し、一軍デビューを果たした。

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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Kyodo News

 9月14日、オリックスのドラフト1位ルーキー、太田椋が一軍デビューを果たした。

 試合前の練習では、親子対決も実現した。いや、正確には対決ではないのだが……。

 太田の父、暁さんはオリックスの一軍で打撃投手を務めている。普段は外国人選手や主軸の選手に投げることが多く、一軍に初昇格したばかりの選手が、打撃練習で暁さんの球を打つのは異例だが、練習順を決める下山真二打撃コーチの粋なはからいにより、中学生の時以来の、親子での打撃練習が実現した。

「打ちやすかった」と笑顔で振り返る息子とは対照的に、父は、「僕のほうが緊張しまくりでした」と顔を引きつらせた。

 それでも、「楽しく投げられた。幸せですね。本当にありがとうございますという感じです。実力的にはまだまだですけど、いい経験をさせてもらっていると思います」としみじみと語った。

一軍合流が決まった状況での骨折。

「今シーズンは一軍に来ると思っていなかった」と暁さんは言う。開幕前、太田が不運な怪我に見舞われ、大きく出遅れたからだ。

 天理高校からドラフト1位で今年入団した太田は、早くから評価され、3月のオープン戦で一軍に合流することが決まった。ところが、合流する前日の8日、二軍の教育リーグ・ソフトバンク戦で千賀滉大から右腕に死球を受けた。右尺骨骨幹部の骨折で全治は3カ月と診断され、手術、入院を余儀なくされた。

 しかし回復は早く、約3カ月後の6月4日、ウエスタン・リーグのソフトバンク戦で実戦に復帰した。

 怪我をする前よりも下半身は明らかに太くなっており、バットを握れない期間も、充実したトレーニングを行なっていたことがうかがえた。

【次ページ】 息子の一軍デビューに「ドキドキ」

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