“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
高3FW西川潤、久保建英の背中を追う。
「僕には悔しさをぶつける場所がある」
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2019/06/27 10:30
2年連続のインターハイ出場を決めた桐光学園高校3年・西川潤(10番)。プロ、U-17W杯、高校と忙しいシーズンになりそうだ。
飛び級で招集されたU-20W杯。
側から見れば、常に注目を浴び、華やかな舞台を踏んでいる特別な選手に見えるかもしれない。だが、彼はまだ17歳の高校3年生だ。大人でも混乱してしまいそう環境の中で、彼は変化を敏感に感じ取り、時には壁に当たりながら、懸命にもがき、前に進もうとしている。
「桐光学園に入学して、1年から10番、U-16日本代表でも10番を背負わせてもらって、それはそれでプレッシャーを感じていました。
ですが、今年に入ってからのプレッシャーや責任感はそれまでと大きく異なるものでした。U-20日本代表に選ばれた当初は、年齢的にも一番下で『周りに自分の良さを分かってもらおう』と、自分の特徴を出すことを意識していました。上のカテゴリーでやるのが初めてだったし、Jリーグで活躍する選手たちと一緒にやれるのは刺激になった。楽しかったけど……」
陸上トラックを挟んだピッチでは、すでに第2試合の東海大相模高校vs.三浦学苑高校の試合が始まっていた。ピッチやスタンドからこだまする歓声を耳にしながら、西川はさらに自分の想いをゆっくりと語り始めた。
「責任を感じすぎてしまった」
「……いざ正式にU-20W杯メンバーに選ばれてからは、楽しさよりも責任にフォーカスを当ててしまった。自分の良さを出そう、出せたという楽しみから一転して、『日本代表として恥じないプレーをしないといけない』と思いすぎて、自分を苦しめていた。
セレッソでは(チームに)ずっといることができない悩みがあって、試合に出れそうだなと思ったら、高校に戻る。次に帯同するときはまた1からチャンスを掴みとらないといけない。自分の中で難しさを感じています。
高校に戻ればキャプテンだし、特に今年は1年でプリンスリーグ関東に戻らないといけない(昨季プリンスリーグ関東から神奈川県リーグ1部に降格)。インターハイと選手権で全国優勝をしたい気持ちも強い。だけど、(セレッソや代表活動との行ったり来たりで)なかなかチームにいられなくて、キャプテンとしての責任を果たせているかというと、そうじゃない……」
そんな苦しさを吐露する中で、今年10月にはU-17W杯が始まる。
「そこでは(早生まれなので)最年長組としてチームを引っ張っていかないといけない。本当に心も身体もきちんと整えて挑まないと、どれも中途半端になってしまうんです」