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北朝鮮・平壌マラソン参戦記、後編。
10万人の大歓声が虚しく響く。
text by
サハラタカシTakashi Sahara
photograph byTakashi Sahara
posted2019/05/13 08:05
平壌マラソンでゴールしたサハラタカシ氏。金日成スタジアムで誇らしげな表情を浮かべるが、タイムは……。
お祭りムードの外国人の一方で。
この取材風景を見ていた同じツアーの人たちには、「何で君達はそんなにインタビューを受けているんだ?」と聞かれた。「実は言わなかったんだけど、我々は日本ではそこそこ有名なコメディアンなんだ」と意味のない嘘をついてしまった。以降、我々への対応は劇的に変わった。今さらながら、謝罪したい。
そもそもの話だが、今回のレースプランは、1kmを4分ジャストで走り続け、2時間49分でゴールし、その記録を持ってボストンマラソンに挑もうというもの。ボストンマラソンにはかなり厳しい出場制限、通称「Boston Qualify」があり、31歳男性だとサブスリーがマストなのだ。
実際、練習はそこそこやっていた。平日朝の全力皇居ラン(皇居1周5kmを18分のペースで疾走)で心肺機能を鍛えていたが、レース感覚がまったくなかった。昨年アイアンマンレースの最終種目として42kmを走ってはいるものの、純粋なフルマラソンは2014年に家族でホノルルマラソンを走って以来だった。
お祭りムードの外国人参加者を尻目に、ローカルの北朝鮮選手団はかなりピリピリした様子。スタート直後の衝突による混乱が怖いので、やや後方に位置を陣取り、レースがスタートした。
追っかけてくる謎のチビっ子集団。
スタート直後は悪くない位置をキープしたが、周りの軽装な人々と比べ、ジェル2つと携帯電話の入ったポーチを付け、高麗人参味のポカリスエットを手持ちで走る自分は明らかに荷重だ。
最初の5kmを18分40秒で通過。順調だ。だが、後ろを走るチビッ子集団の足音が怖い。これも一種の監視なのでは考えると、様々な疑念が頭に浮かんでしまう。
“自分は1km4分で走るマシーンだ”と自己暗示をかけて無心で走らなければならないのに、後ろで中学生くらいの男女20人ほどが、ウェアも赤や青のタンクトップに短パンの格好で追いかけてきて、怖かった。
足音があまりにも耳障りなので、右に左に振ってみるとやはりついて来た。よーし、こうなったら我慢比べだ! と、勝手に対抗心を燃やすと、恐怖心も消えてきた。
10km地点を38分22秒で通過。いいペースだ。チビッ子集団も後ろからついてくる。彼らのシューズは、アディダスやナイキ、アシックスではなく、どこのメーカーかも分からない体育館シューズのような靴で颯爽と走っている。
そのうちにチビっ子集団のスピードが徐々に上がってきて、いつの間にか集団にとり囲まれてしまった。そして彼らは、すぐさま前を走る緑のランニングパンツの西欧人を次のターゲットに定めたのか、彼をめがけてギアを上げて走り去っていった。チビっ子たちに見限られた気分がした。
コースの周囲の町並みは1980年代につくられた近未来映画のようだった。そして平壌の人々はマナーがいいのかシャイなのか、熱烈な応援はまったくない。沿道にはちらほら人はいるが声援がないので、これまで出たレースで一番静かだった。