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元監督が明かす歓喜の裏側。
卓球女子団体、ロンドン五輪の秘策。 

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松本宣昭

松本宣昭Yoshiaki Matsumoto

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photograph byAsami Enomoto/JMPA

posted2019/04/26 17:00

元監督が明かす歓喜の裏側。卓球女子団体、ロンドン五輪の秘策。<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

2012年、ロンドン五輪で卓球界初のメダルを獲得。福原らは歓喜の涙を流した。

効果てきめんだった“ニンジン対策”。

 この課題を克服するために、村上は日本選手がキム・キョンアとパク・ミヨンに勝てば、ポケットマネーから10万円の報奨金を出すと発表した。'09年には、日本中の優秀なカット選手6人を相手役に招いて、カットマン対策だけを徹底する合宿を開いた。

 ただし、ここで村上が手取り足取り指導したわけではない。カットマンを苦手としている選手と得意な選手をペアにする。福原は、山梨有理の横で打たせた。

「同じ日本人選手と一緒に練習することで、見て勉強する。僕はそのための仕掛けをつくる。自分で気付くことが、一番の信念になるわけだから」

 合宿が終わる頃、福原にこう言われた。

「参りました。こんなにカット攻略がうまい人が、日本にいたんですね」

“ニンジン作戦”と合宿の効果はてきめんだった。平野を筆頭に、国際試合でキム・キョンアとパク・ミヨンを破る選手が次々と現れ、「あまりに勝つから、10万円制度は6勝の時点で勘弁してもらいました(笑)」。福原も'10年5月の世界選手権団体戦準々決勝でパク・ミヨンを破り、日本の銅メダル獲得に貢献。その後も各選手が順調にワールドランキングを上げ、狙いどおり、第2シードでのロンドン五輪出場が決まった。

卓球は「自分で全部決める競技」

 村上は卓球関係者の中で、「日本一球拾いをする監督」と呼ばれている。練習中の指導はコーチに任せ、自身は黙々と卓球台の周りに転がるボールを拾う。試合中も、細かく指示を送ることはほとんどない。

 いつも選手の話を聞き、姿を見守る。

「こっちが言いすぎる、教えすぎると、自分で考えずに教えられるまで待つ選手になる。僕らは選手が自分で決断できるように育てなければならない。それが、チームスポーツとは違うところです。卓球は、最終的に自分で全部決める競技だから」

 決断力。この点において、石川佳純はずば抜けている。彼女が15歳だった'09年2月、村上は石川の実家を訪ね、両親に伝えた。

「石川選手をロンドンで使えるようにしたいから、これから一緒に協力してほしい」

 そして、こう提案した。

「プロ宣言、したらどうですか?」
 当時から、石川の実力は同世代の中で突出していた。一方で、寝坊して練習に遅刻するなど、「自己管理ができていない」という評判も聞いていた。だからこそ村上は、明確な目標を定めたほうがいいと考えた。

「ロンドン五輪に絶対出ると決意を固めてから、佳純は明らかに変わりました。15歳から世界中のジュニアサーキットを回って、高校を卒業するときにはプロ宣言もした。そういう経験や苦労をすることで、他の選手よりも早く大人になったような気がします。人の意見を参考にしながらも、全部自分で決断できる。本当の意味での“プロ”になったと思いますね」

【次ページ】 驚かされた石川のペア変更案。

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