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元監督が明かす歓喜の裏側。
卓球女子団体、ロンドン五輪の秘策。 

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松本宣昭

松本宣昭Yoshiaki Matsumoto

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photograph byAsami Enomoto/JMPA

posted2019/04/26 17:00

元監督が明かす歓喜の裏側。卓球女子団体、ロンドン五輪の秘策。<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

2012年、ロンドン五輪で卓球界初のメダルを獲得。福原らは歓喜の涙を流した。

驚かされた石川のペア変更案。

 石川の決断力には、村上自身驚かされたことが何度もある。勝てばメダル獲得が決まるロンドン五輪準決勝、シンガポール戦前日もそうだ。各選手と翌日に向けたミーティングをする中で、こう言われた。

「シンガポールは平野さんのボールの方が取りにくいと思います。明日のダブルスは、私と平野さんの方がいいと思います」

 当初は石川と福原がペアを組む予定だった。これまでもシンガポール相手には、このペアで戦ってきた。石川の言葉に村上はひとまず頷き、翌日の練習を見て最終決定することを伝えた。

 突然のペア変更案に驚いたのは、村上だけではない。続く個別ミーティングで、平野にダブルスへの出場の可能性を伝えると、明らかに動揺していた。ただ、“見守る指揮官”は、さほど心配していなかった。

「平野は試合までの期間、ジタバタあがくタイプ。頭の中でぐるぐる悩んで、泣いてしまうこともある。でもね、試合本番になると迷いを全部捨てて一番集中した状態をつくれる。彼女自身は、これをルーティンだと言っていましたね。それでいいんだと」

迷いが消えた平野、相手は動揺。

 平野は24時間、卓球のことを考える「研究家」だ。卓球界以外の人とも積極的に会って、貪欲に知識を吸収する。あるときは、「20年間無敗」の伝説を持つ雀士・桜井章一氏に話を聞きに行ったこともある。

 試合のタイムアウト中、村上が平野に作戦を指示すれば、必ず「なんでそう思うんですか?」と訊いてくる。

「彼女は『私はこう思うんですけど』と、話し合おうとします。お互いの意見を知って、納得してから実行する。これもルーティンです。試合で連続失点をしないための心の収め方を知っているんです」

 シンガポール戦当日の早朝、日本チームはまだ誰もいない練習場で、「秘密特訓」を行なった。平野&石川の新ペアの動きが、良い。平野の顔からも、迷いが消えた。

 練習を終えて引き上げようとしたところに、シンガポールチームが入ってきた。ふと目を向けると、明らかに福原&石川ペアを想定してダブルスの練習をしている。

 村上は決断した。

「試合開始直前まで、シンガポールは愛がダブルスに出てくるものと思って練習していましたからね。だから平野と石川が出てきたときは、びっくりしていた」

 動揺するシンガポールを尻目に、平野&石川ペアは躍動。シングルスの福原、石川に続く快勝で、メダル獲得を確定させた。

【次ページ】 「愛ちゃん」を背負った村上。

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