話が終わったらボールを蹴ろうBACK NUMBER
川崎、ミシャ札幌育ちの三好康児。
マリノスで生まれた底知れぬ自信。
posted2019/03/24 09:00
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph by
J.LEAGUE
ここ2年、チームを変える度に成長し、凄みを増している選手がいる。
3月26日に22歳となる三好康児だ。
川崎フロンターレの下部組織育ち。だが川崎では分厚い選手層に阻まれ、'17年は13試合出場1得点に終わった。世代別カテゴリーの代表でも堂安律らの後塵を拝し、悔しさを噛み締めていた。
プロサッカー選手であれば当然湧く感情だが、20歳という年齢なら“試合に出ることがすべて”という価値観に支配されてもおかしくない。
しかし、当時の三好は「試合に出ればやれる自信はあるが、そこに至らないのはチームで試合に出ていないし、監督の信頼を得られていないからだと思う」と過大評価することなく、冷静に自己分析していた。
「試合に出ること」
その頃の三好は、プレーする機会を欲していた。
やれる力はあってもそれを試合で証明しなければ誰からも認めてもらえない。そんな考えを強くもっていたからこそ、昨シーズン出場機会を求めて北海道コンサドーレ札幌に期限付き移籍した。
そして、この決断は三好にとって大きな転機になった。
札幌でミシャと出会った幸福。
札幌は、三好にとってプレーしやすい環境にあった。
ミシャことミハイロ・ペトロヴィッチ監督のサッカーは超攻撃的だ。また、若くて活きのいい選手が好みでもある。監督の構想に入ればよほどのことがない限り、スタメンから漏れることはない。かくしてミシャ好みの攻撃力を持つ三好は開幕から右シャドーのポジションを獲得した。
「ミシャさんのサッカーは特殊だけど、攻撃に関しては自由にやらせてもらっています。純粋に自分の能力を試すというか、出すしかないので、すごくやりがいがありますし、楽しいですね。ここで結果をしっかり出していければ自分は成長できると思います」
シーズン当初、三好はそう言って“自らの今後”に期待していた。