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なぜカタールはアジア王者に?
世界レベルの育成計画始めた15年前。
posted2019/03/19 07:30
text by
ロベルト・ノタリアニRoberto Notarianni
photograph by
Vincent Michel/ L'Equipe
すでに1カ月半以上前の出来事だが……UAEで開催されたアジアカップはカタールの初優勝で幕を閉じた。決勝で日本が敗れるというショッキングな結果にばかり目が行きがちだが、躍進著しいカタールを客観的に評価する作業も怠ってはならない。カタールに限らず、アジアのサッカー地図が塗り替えられたのは間違いないのだから。
では、ヨーロッパの視点は、カタールの優勝をどう分析しどう評価しているのか?
『フランス・フットボール』誌2月5日号で、ロベルト・ノタリアニ記者がカタールを小記事ながら的確にレポートしている。
監修:田村修一
怒涛の進撃を見せたカタール代表!
カタール代表がはじめてアジアカップに優勝した。彼らがアジアの頂点を極めたのは決して偶然ではなかった。
「大評判」という言葉が、カタールのアジアカップ初優勝を形容する言葉として最もふさわしい。
というのもスペイン人のフェリックス・サンチェス・バス監督に率いられたカタール代表は、本物の“ロードローラー(訳注:目の前の障害物をすべて踏みつぶすもののたとえ)”であったからだ。
グループリーグ初戦から決勝まで7戦7勝。大会史上初の全勝優勝は、ほとんどの試合で圧倒的にボールを保持し、総得点19に対し失点わずかに1という完璧な内容でもあった。個人記録を見ても、最多得点(アルモエズ・アリの9得点=大会記録)・最多アシスト(アクラム・アフィフの9アシスト)ともにカタールの選手である。
この優勝が、カタールサッカー史上最高の勝利であるのは間違いない。
それまでのカタールの輝かしい歴史といえば、地元開催での2006年アジア大会優勝(U-23)と、ブラジルとイングランドを準々決勝・準決勝で破り、西ドイツに決勝で敗れて(0対4)準優勝に終わった1981年ワールドユース選手権が最高成績であったのだから。
最多優勝を誇る日本を3対1で下した2月1日の勝利は、カタールにとって忘れられないものになった。