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俊足だけど「僕、運動神経悪い」。
ロッテ加藤翔平は早生まれの希望。

posted2019/03/12 07:00

 
俊足だけど「僕、運動神経悪い」。ロッテ加藤翔平は早生まれの希望。<Number Web> photograph by Kyodo News

果敢に次の塁を狙う加藤翔平は、井口監督としても積極的に起用していきたい選手のはずだ。

text by

永田遼太郎

永田遼太郎Ryotaro Nagata

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Kyodo News

 現在の彼の姿からは想像もできない。意外な告白だった。

「実は僕、運動神経が悪いんですよ。子供の頃の体育の成績も全然良くなかったですし、逆上がりもできるか怪しかったくらいです。跳び箱もなるべく跳びたくなかったし、マット運動も周りの子がいろんな技ができる中で、自分だけ前回りと後ろ回りで終了みたいな、そんな感じでした」

 千葉ロッテ・加藤翔平。

 俊足、強肩でパンチ力も秘め、入団時から三拍子そろった外野手と評されてきた彼の寸評は決まって「身体能力の高さは折り紙付き」とか、そんな風に紹介されてきた。

 だが、一体どれだけの人が彼の意外な一面に気がついていただろうか。実は筆者もつい最近まで気づいていなかった。今回はそんな話をしたいと思う。

 1991年3月28日生まれ、もうすぐ28歳。

 いわゆる「早生まれ」として育った加藤は、周囲よりも身体能力で遅れをとる、そんな幼少期を過ごした。

「両親は(早生まれであることを)結構気にしていたみたいです。同学年で4月生まれの子と3月生まれの僕では丸1年違いましたし、できることも全然違うわけじゃないですか。だからこそ幼稚園も3年保育のところに入れて、早く社会性を身につけさせたいと考えていたみたいです」

難病で運動ができなかった。

 しかし、そんな両親の思惑どおり事は運ばない。加藤は入園してすぐに川崎病を患った。

 血液に炎症を起こし、心臓に瘤(こぶ)ができることもあるという原因不明の難病。医者からは激しい運動を止められ、幼稚園に通っても目一杯走ることも、遊ぶこともできない、そんな毎日を過ごしていたという。

 そんな我が子を見て両親も相当なショックを受けていた。加藤が当時を振り返る。

「両親ともに陸上をやっていたので、何かしらのスポーツをやってほしいと考えていたみたいです。親になって、その気持ちがなんとなく分かるようになりましたね」

 しみじみとそう語った。

【次ページ】 学校帰りに電柱間を走る毎日。

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