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「山の神」はやっぱりしぶとかった。
今井と神野はなぜ生き残れたか。
posted2019/03/05 16:30
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Yuki Suenaga
カチカチカチ。
42.195kmを走り終えた選手たちが、報道陣が待つミックスゾーンを通っていく。あまりの寒さに、歯がぶつかり合う音が聞こえてきた。
選手たちは一様に寒さに震え、顔色を失っていた。
悪コンディションの東京マラソン、最適解は、「我慢する」ことだった。
そして、かつて「山の神」と呼ばれた今井正人(トヨタ自動車九州)と神野大地(セルソース)は、各々の培ってきた経験を生かして我慢し、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の切符をつかんだ。今井は2時間10分30秒で総合6位、神野は2時間11分5秒で総合8位だった。
今井にとっては、足かけ12年で15本目のフルマラソンだ。しかし、直近では昨年の3月4日に行われたびわ湖毎日マラソン以来、ほぼ1年ぶり。昨年の11月、福岡を訪ねて話を聞いたときは、
「みなさん、『今井はもう終わったんじゃないか』と思ってるはずですよね。それを見返せたら、楽しいと思うんですよ」
言葉には強い意志が感じられたが、表情はいたって柔和で、「初代・山の神」のしなやかな思いが感じられた。
悪条件をむしろ自分の味方にする。
今井は20km過ぎまで15分ペースを刻んでいたが、25kmから30kmで15分33秒かかり、集団から引き離された。しかし、ここで気持ちが切れることはなかった。
「レースではわりと早いうちから、(集団から)離れてしまい、前で勝負するという組み立てができなくなりましたが、最低限、MGCへの出場権は取らなきゃいけないと思っていたので、すぐに気持ちを切り替えられました」
今井は、寒さを味方につけようとした。
「雨で寒かったことが、自分にとっては気持ちを最後まで持たせるのにはいい条件だったと思います。最後まで何が起こるかわからないと思ったんですが、それが実行ができて、結果につながりました」
10年以上マラソンに取り組んできた経験値が冷静な判断を生み、悪条件を味方につけるという発想の転換につながった。寒さで体力は奪われていただろうが、頭の中はクリアだったに違いない。