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父の涙を見て騎手になった男の物語。
丸山元気、2018年に続き絶好調。
posted2019/01/18 16:30
text by
平松さとしSatoshi Hiramatsu
photograph by
Satoshi Hiramatsu
1月12日、中山競馬場でフェアリーS(GIII)が行われ、フィリアプーラ(牝3歳、美浦・菊沢隆徳厩舎)が優勝した。
騎乗したのは丸山元気騎手。デビュー11年目で28歳。若手から中堅になろうかというジョッキーだ。
1990年10月3日、群馬県伊勢崎市の出身。父・侯彦氏は高崎競馬の元騎手、祖父・務氏も元調教師という競馬界のサラブレッドとして育った。
「小学生の頃はリトルリーグで野球をしていたけど、体が小さくてパワーもなかったから、ランナーがいなくてもバントのサインを出されるような子でした」
苦笑しながらそう言うと、さらに続けた。
「だから、というわけではありませんけど、小さい頃から将来はジョッキーになりたいという気持ちを持ち続けていました」
父の涙を見て騎手になることを決意。
小学生低学年の時には高崎競馬に所属する馬の運動を手伝っていた。そんな丸山少年が「絶対に騎手になる!!」と決意を固める事件が中学2年の時に起きた。
「父の所属する高崎競馬が廃止になりました。その時、父の涙を初めて見た事で、騎手になる決意を固めました」
父の無念を晴らすべく、ジョッキーになる事を決めた丸山少年は、中学3年の時に競馬学校を受験。見事に合格し、中学卒業と同時に競馬学校に入学。JRAのジョッキーを目指した。
「それまでも馬には乗っていたけど、我流だったので、最初のうちは癖を直すだけで大変でした」
具体的には拳を伏せたり、脚を開いたりといった癖が強かったようで、同期の小野寺祐太騎手や国分優作騎手、恭介騎手兄弟、松山弘平騎手らに遅れをとるばかりか、常に成績は最下位だったと言う。
「必死についていくだけで精一杯でした」