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「競馬のことだけをずっと考えて生きてきた」横山典弘56歳の神騎乗とは? 四位洋文調教師が語る「ノリちゃんの神騎乗と言えば…一番はアレ」
posted2024/11/05 17:02
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph by
Photostud
発売中のNumber1107号「神騎乗伝説」に掲載の[妙技の実相]横山典弘が伝えた騎手の本懐より、内容を一部抜粋してお届けします。
理想の父子関係
横山典弘騎手が美浦から栗東に拠点を移してから3年が経った。騎手生活にマンネリを感じた横山が、いつまでと決めたわけではなく、「ちょっと栗東を覗いてくるわ」と軽く行動を起こしたのが始まりだった。
当面の生活用品を愛車に積み、たまたま栗東に行く用事があった長男の和生騎手に運転を任せての高速道路を乗り継ぐ旅。途中、渋滞に巻き込まれて9時間弱もかかったそうだが、和生は「お父さんとずっと競馬の話をしていたので長いとは少しも感じませんでした。楽しくて、あっという間でしたよ」と、その日を振り返る。和生の口から不意に発せられた「お父さん」の響きは、聞いているこちらまで心地よくなるもので、理想の父子関係がそれだけで想像できてしまった。
「子育てなんか、全くしてこなかったよ……」と、横山があえて寂しそうな口調で言うのは、所帯を持った和生が二児をもうけ、毎日を家族と一緒に楽しそうに過ごしている様子が少し羨ましく見えるかららしい。「和生のような人生も、いいものなんだなと思えるようになったってことだな」と、このときだけは、孫が可愛くて仕方がない56歳の顔になっていた。
競馬のことだけをずっと考えて生きてきた
「毎日毎日、起きている間は競馬のことだけをずっと考えて生きてきた」と横山は言う。
「酒を飲むこと、ゴルフをすること。どっちも俺にとっては週末の競馬を迎えるための早送りボタンのようなものさ」は、特に印象に残る横山から聞いた言葉だが、それとワンセットで想像してみると、彼のあまりにもストイックな競馬への向き合い方がわかってくる。
栗東へ来る少し前に、横山は酒という便利な早送りボタンの一つを完全に捨てた。断酒は以前にも一度やろうとしたそうだが、「お祝いだから」とか、「この一杯だけ」の誘いを断れず、そのときはうまくいかなかったという。しかしいまは違う。ダノンデサイルのダービー祝勝会の席上でのこと。主役の一人として鏡割りに参加した、その祝いの升に注がれた酒に一切口をつけず、社台ファームの吉田照哉代表を「ノリさんは、本当に飲まないんだねえ」と驚かせている。
酒席の雰囲気が嫌いなわけではない。気のおけない仲間に誘われれば、ウーロン茶をすすりながら最後までとことん付き合う。運転免許を取得したのも実は断酒後のことで、「俺みたいな人間でも、運転免許と酒が両立しないことぐらい分かっていたからね」と、プロ意識の高さを垣間見せる。栗東に来てからは一人で琵琶湖周辺の観光地などへドライブを楽しんでいるという。もちろん、ゴルフ場へ行くのも愛車と一緒だ。
「ノリちゃんの神騎乗と言えば…」
「神騎乗」というテーマは、絵画や彫刻などのアートに似て、ちょっとした感性の違いで評価が割れる性質を含んでいる。