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4足のわらじを履く網野友雄に学ぶ、
プロバスケ選手のセカンドキャリア。 

text by

青木崇

青木崇Takashi Aoki

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photograph byTOCHIGI BREX

posted2018/12/28 07:30

4足のわらじを履く網野友雄に学ぶ、プロバスケ選手のセカンドキャリア。<Number Web> photograph by TOCHIGI BREX

古巣のブレックスアリーナで12月1日に行なわれた天皇杯2次ラウンドで、白鴎大学バスケットボール部を指揮した網野。

今でも覚えている悔しい思い。

 ニュージーランドに勝っていれば決勝トーナメント進出が決まっていた。網野に世界選手権の思い出について質問すれば、その言葉の端々から悔しい思いが溢れ出ることは不思議なことではなかった。

「世界選手権は4年目の集大成だったので、かなりきつい練習をやって、大会期間中もいろいろな制限のルールがあった。ここまでやって結果がもし伴わなくても、納得できるかなという感じはありましたね。

 ドイツに11点差(70-81)で負けて、スペインには歯が立たなかったですけど、アンゴラも強くて、ニュージーランドはどうだって時に、チーム的には調子がよかったんですね。ただ、途中で目の横を切ってしまって出られなくなってしまった。出られたかもしれないけど、コーチの判断で出られなかったことに悔いは残りましたね」

プロ選手と大学院生の両立。

 そうやって世界と戦うために厳しい練習を積み重ねていく中で、網野はどのように疲労を回復させるか、限られた時間をどう有効に使うのかということの重要性を覚えたという。

 元々、現役引退後は高校の教員を志望していたが、栃木ブレックスでのキャリア終盤には、現役選手としてプレーしながら筑波大大学院に通い始めた。学業とプロ選手の両立である。

「勉強を始めたのはキャリアの終盤、ブレックスの時ですね。修士課程はコーチング学です。宇都宮に住んでいましたけど、朝一で午前中の授業に行って、午後は鹿沼に戻って練習という感じですね。緊張感がありましたし、新鮮だったので結構(朝の)目覚めよく行っていました」

 2015年5月に現役から引退した網野は、2年間で筑波大大学院における修士課程を修了。2017年4月から白鴎大教育学部スポーツ健康専攻の講師となり、将来は教授になることを目指しながら、男子バスケットボール部の部長兼監督を務めている。

【次ページ】 解説者兼任アンバサダー。

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網野友雄
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