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金子千尋に王柏融。広報も震えた
電撃補強は情報管理と執念の賜物。 

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高山通史

高山通史Michifumi Takayama

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photograph byKyodo News

posted2018/12/09 11:30

金子千尋に王柏融。広報も震えた電撃補強は情報管理と執念の賜物。<Number Web> photograph by Kyodo News

今季4勝7敗。オリックスから減額制限を大幅に超える年俸提示を受け、その後、自由契約となった金子千尋を日本ハムは1年契約で獲得した。

人知れず、日本を離れていた担当者。

 日本球界の旧知の方々からは「まったくファイターズが関心を示している気配はなかった」、「他球団が優位と言われていたし、しかも若い外野手が多いファイターズだったから『まさか』だった」などの声を、多く聞いた。

 広報はその渦中にはいないが、それらの証言から分析すると王柏融選手の争奪戦では「ダークホース」というか、参戦もしていないように見えた存在だったのかもしれない。

 獲得へ向けて、先頭に立っていた担当者の執念と熱意の賜物だ、と断じることができる。

 そして、同じように王柏融選手を高く評価し、すべてを汲み取って決断を下したチーム統轄本部の覚悟、それらを理解した球団の総意が結実したのだと身内の1人として考える。あくまで、想像であることは断っておく。

 担当者は今シーズン中に幾度か、数日間球場から姿を消していた。

 人知れず、日本を離れていた。

 目的、行き先は球団内でも一部にしかオープンにせず、台湾へ足を運んでいた。ターゲットの動向を注視して、継続して視察を敢行していたのである。

「チャンスがあるなら、絶対に獲得してほしい」

 王柏融選手の豊かな能力、野球に対する真摯な姿勢に魅了されたのだろう。人目につかないように、編成担当が視察時の定番であるバックネット裏以外の席に着座していたこともあると、後に知った。

 静かに、ラミゴの「背番号9」へ、視線と焦がれる思いを注ぎ込んでいたこともあった、と聞いた。

 栗山監督も「チャンスがあるなら、絶対に獲得してほしい」と熱望していたのが、王柏融選手だったのである。

【次ページ】 それぞれの部署がプロの仕事を。

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