Jをめぐる冒険BACK NUMBER

ベルマーレ伝説の広報・遠藤さちえ。
最初はほぼストーカー、そして……。

posted2018/10/26 10:30

 
ベルマーレ伝説の広報・遠藤さちえ。最初はほぼストーカー、そして……。<Number Web> photograph by Atsushi Iio

ルヴァンカップ決勝前、曹監督とともに笑顔の遠藤さちえ。彼女とベルマーレの幸せな関係は続いていくはずだ。

text by

飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

PROFILE

photograph by

Atsushi Iio

 その“迷惑行為”がなければ彼女の人生は、いや、もしかするとクラブの未来も、変わっていたかもしれない。

「1年半くらい、何度も電話を掛けたり、手紙を書いたり、スタジアムに会いに行ったりして。今でいうストーカーですよね、完全に」

 湘南ベルマーレで長く広報を務め、今は営業を担当する遠藤さちえは、25年近く前の出来事を振り返って、苦笑した。

 当時、短大生だった遠藤が“ストーカー行為”を働いていた相手は、ベルマーレのチーム統括部長だった上田栄治である。のちにベルマーレやなでしこジャパンの監督、日本サッカー協会女子委員長などを歴任した人物だ。

 そんな上田にアプローチを続けたのには、理由があった。

「どうしてもベルマーレで働きたくて。惚れ込んじゃったんです」

 高校時代、遠藤はサッカー部のマネージャーを務めていた。運動音痴だけれど、スポーツが大好きな遠藤にとって、選手のサポートはぴったりの仕事に思えた。

 ちょうどJリーグが開幕した頃で、次第にJクラブで働くことを夢見るようになった女子高生はある日、サッカー専門誌の記事に目を留める。

「忘れもしない、『ストライカー』の後ろからめくって1ページ目。“こんな仕事をしています”といったコーナーに、鹿島アントラーズで運営をされていた高島(雄大)さんが紹介されていて。それを読んで私、何を思ったのか手紙を書いたんです」

封筒の中には名刺が入っていた。

 サッカーの世界で働きたいのですが、短大での2年間でどんな勉強をすればいいでしょうか……。手紙はこんな内容だったが、それをただ、送ったわけではない。

 しばらくして自宅のポストに、見覚えのある封筒が入っていた。

「実は、返信用の封筒も入れていたんです。今思うと、いろいろ恥ずかしいんですけれど(笑)。封筒の中には名刺が入っていて、電話をくださいって」

 すかさず連絡をとり、高島のアドバイスに従って短大入学後、大学サッカー連盟の後援会を手伝うようになった遠藤は、再び高島に連絡を入れた。

「入学したときから、絶対にJクラブで働きたいって燃えていて。頼りすぎなんですけど、また高島さんに相談したら、『僕の知っているJクラブの人間を教えるから、電話してごらん』と言ってくださって」

【次ページ】 「このクラブで働きたい」

1 2 3 4 5 NEXT
湘南ベルマーレ
遠藤さちえ

Jリーグの前後のコラム

ページトップ