サッカー日本代表 激闘日誌BACK NUMBER
<放送席から見た日本代表の激闘>
山本浩「初出場のフランスW杯前に体験した一体感」
text by
山本浩Hiroshi Yamamoto
photograph byJMPA
posted2018/04/27 10:00
多くのサポーターが日本からかけつけたフランス大会のアルゼンチン戦。
同時開催の韓国vs.北朝鮮の情報が途絶えた。
サッカー専門となり、Jクラブや代表チームの取材時間も豊富で、選手たちがとても疲れていて、体力的に厳しいのを知った上での実況でした。この試合に勝てば、文句なくワールドカップ初出場が決まる状況の中、前半5分に三浦知良のゴールで先制したものの、日本は後半10分に追いつかれてしまった。
じつは同時に開催されている韓国対北朝鮮戦で「韓国がリードしている」という情報が途中まで入ってきていたのですが、それがどうしたわけかプツリと途絶えてしまった。
今なら大会主催者が試合経過を流してくれるのですが、その時はなかった。その後、中山雅史が後半24分にゴールして2-1と再びリード。最後の20分くらいは、解説者の田中孝司さんも口を挟めないくらいに、私も試合に没頭して無我夢中で喋りつづけていたような気がします。
同点弾の瞬間、2人して“絶句”してしまった。
で、あの試合終了間際の同点弾。日本は引き分けても、韓国とサウジアラビアの試合結果によってはワールドカップへ出場できる状況だったので、放送では「行けない」とぴしゃりと言えない状態でした。そこで韓国とサウジアラビアの試合結果がわかるまで、解説の田中さんに話してもらおうとしたら、田中さんは放送席の机に視線を落としたまま呆然としていた。直前のプレーまでの流れからこの試合は絶対に勝つものと思っていらしたからなのでしょうけれど、とても話ができる状態ではなかった。
私も最後の最後で追いつかれたショックが大きくて2人して“絶句”、空白の時間が相当あったのではないでしょうか? 結果はご存知のとおりです。
その4年後の『ジョホールバルの歓喜』も印象に残っています。'98年ワールドカップフランス大会アジア第3代表決定戦の対イラン戦。実況する立場としては、ドーハよりゆとりがありました。
というのも、イランの情報は4年前のイラクよりも豊富に入ってきていましたし、代表監督の岡田武史さんともいろいろ話せていたので、日本選手の情報も豊富に入っていたからです。