One story of the fieldBACK NUMBER
清原和博がプライドを覗かせた日。
「自分の名前が出て、嬉しい……」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2017/12/31 07:00
不滅と思われた清原和博の1大会5本塁打という記録は、中村奨成によって塗りかえられた。それは、清原に何を思い出させたのだろうか。
「絶対勝たなあかん決勝戦という舞台だったんで」
清原氏はその試合を自宅のテレビで観ていたという。中村が打ったホームランは甲子園のバックスクリーンと左中間に飛んだ。それは'85年夏、PL学園の4番打者が宇部商との決勝戦で描いた2つの放物線とまったく同じ方向だった。それを見て、あの夏を思い出したのだろうか。
「僕の場合は先に4本打っている奴(宇部商・藤井進)がいて、追いかける立場でしたし、それに絶対に勝たなあかん決勝戦という舞台だったんで、あんなにさらりと簡単に打てるような感じではなかったんです」
口調には、いつもより力があった。抗うつ剤の影響からか、普段の清原氏の表情は感情がうかがえず、言葉もどこかぼんやりしていることが多い。ただ、この日は窓からさし込む真夏の日射しのように強く、はっきりしていた。
――観ている側からすると、清原さんも中村くんも同じように、さらりと打ってしまった印象なんですが、自身の中でも、あの決勝戦の2本というのは中村くんのものとは違う、と。
「重かったですね。両方とも1点差で負けている状況だったんで。打たなければ負けるっていう。それに僕の場合は5本とも準々決勝からでしたから。重かったです。中村くんの場合は1回戦からコンスタントに打っていましたからね」
清原を清原たらしめた「氣」を久しぶりに感じた。
私は次第に嬉しくなってきた。清原氏に、打席に立っている時のような「氣」を感じたからだ。それは自分の記録を塗り替えた高校生に対する負けん気かもしれないし、プライドかもしれないが、それがどのようなものであるにせよ、清原和博をその人たらしめてきたものが垣間見えた気がしたからだ。
連載の取材中、自らの人生を語る清原氏はどこか遠く、別世界のことを語っているかのように感じることが多かった。そして、取材の合間に時折、こんなことを吐き出す。
「はあ、なんで覚醒剤なんてやったんやろ……」
「今は楽しいこともあんまりないですね」
連載の趣旨として後悔の色が強くなるのは仕方ないのかもしれないが、目の前で話をしている清原氏と、かつて野球をやっていた清原氏が別の人間であるかのような錯覚に陥ることがしばしばあった。