オリンピックへの道BACK NUMBER
その頭脳は平昌、そして北京を標的に。
宮原知子がこの1年間で築いた“芯”。
posted2017/12/25 11:50
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Asami Enomoto
曲が終わる。その直後、両腕を突き上げた。
その演技をみつめるコーチは、終わるとともに顔を覆い、涙を流した。そして涙は、キスアンドクライでも、記者の前に現れても止まらなかった。
平昌五輪代表選考を兼ねたフィギュアスケートの全日本選手権。2枠をかけて競った女子を制したのは、宮原知子だった。
圧巻の強さと言ってよかった。
フリーの演技構成点は5項目すべて9点台を得て、国際スケート連盟非公認ではあるが、自己ベストを上回る合計得点220.39での逆転優勝。
数字もさることながら、目には映らない重圧の下での演技であったことが、より宮原の強さを引き立たせた。
絶対に失敗は許されない緊張感の中で、優勝を果たす。
ショートプログラムを坂本花織に次ぐ2位で迎えたフリーは最終グループの4人目。
たとえ2位であっても選考基準から考えると、五輪代表に選ばれる可能性は濃厚だった。
しかし宮原本人は「代表になるには優勝だ」と覚悟を決めていた。
「今回は優勝しか出場への確実な道がないという中で、優勝しないわけにはいかないという強い気持ちがありました」
最終滑走の坂本を控えて、失敗は許されなかった。
極度の緊張を強いられる中、宮原はほぼ完璧に4分間を滑りきった。
試合後、笑顔の宮原は、終了直後のガッツポーズについて尋ねられると、はにかむように言った。
「ガッツポーズするしかないと思いました」