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フィギュアスケートPRESSBACK NUMBER
「いざという時、いつでも女性の“下敷き”に」大逆転を可能にした木原龍一の包容力…日本人ペアの先駆者が語る「りくりゅう世界最高の輝き」
posted2026/02/18 11:02
1992年アルベール五輪に出場した井上・小山ペア
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Getty Images
ミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケートで、ペアの三浦璃来、木原龍一組が歴史を塗り替えた。フリープログラムで世界歴代最高点を叩き出し、大逆転で日本史上初の金メダルを獲得した。ペア種目の黎明期を支えたスケーターはいま、何を思うのか――。1992年アルベールビル五輪(フランス)に出場した小山朋昭さんに、当時のエピソードと「りくりゅう」への特別な思いを聞いた。〈全2回の後編/前編も公開中です〉
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小山さんがアルベールビル五輪に出場したのは20歳のとき。シングルが主戦場だったが、練習の一環として5歳下の井上怜奈さんと組んだペアで結果を残したことで代表権を得た。
井上さんもまた、女子シングルのジュニア時代から将来を嘱望されていたホープ。二人はいずれも正式にペアに“転向”したわけではなく、心の内ではシングル競技に後ろ髪を引かれながらも、ペア代表として夢の五輪切符を手にした。
出場1組だけの「代表選考」
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当時の日本スケート界には世界舞台で戦えるカップルは二人以外になく、代表選考をかけた1992年1月の全日本選手権に出場したペアは「井上、小山組」だけだった。
「お客さんも競技としては見慣れないものなので不思議な感じだったと思います。自分達も周りを見る余裕はなかったですね。当時は6点法(審判9人が技術点、芸術点で6点満点を持ち採点する方式)でしたが、何が評価されているのか、どこをどうすれば点が伸びるのかなど、自分たちには正直分かっていませんでした」

