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「非力くん」と呼ばれていたのに…木原龍一の人生を変えた決断「三浦璃来との運命の出会い」「大胸筋がムキムキに」恩師が振り返る葛藤と成長
posted2026/02/17 17:04
20歳、シングル時代の木原龍一(2012年)
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Getty Images
フィギュアスケートペアの「りくりゅう」こと三浦璃来、木原龍一組がミラノ・コルティナ五輪で感動の演技を見せた。特に木原は20歳でペア転向を決め、ここまで紆余曲折の道のりを歩んできた。ジュニアの頃から良く知る恩師の成瀬葉里子さんに、シングル時代の木原の思い出と、知られざる素顔を聞いた。〈全2回の後編/前編も公開中です〉
◆◆◆
シングルのスケーターとして活動していた木原龍一がペア転向を決めたのは2013年1月、20歳の時のことだった。ソチ五輪までわずか1年という中、2012年の世界選手権で銅メダルに輝いた高橋成美とパートナーを組むこととなった。
ソチ五輪で団体戦が始まるのを機に、日本スケート連盟はペアの強化に動いた。当時、ペアは高橋とマービン・トランの1組のみ。選手を発掘するため2011年からトライアウトが開かれていた。
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その強化拠点の会場が当時在学していた中京大だったことから、第1回のトライアウトには木原も参加していた。しかし、当時はシングルの選手として競技を続けることを第一に考えており、ペアに転向することは全く頭になかった。
木原が抱えていたあるジレンマ
成瀬さんが振り返る。
「うちのクラブにペア出身のコーチがいて、練習のなかでサイドバイサイドの練習をしたり、組んで走ったり、ペア要素がまったくゼロではなかったんです。団体戦を見据えてのペアのトライアウトに参加はしていましたが、まさか自分がとは龍一も想像していなかったと思いますね」
ジュニアからシニアに転向する頃、木原は悩みを抱えていた。
「トリプルアクセルがなかなか跳べなかったんです。ただ、トリプルアクセルが飛べなければシニアに行っても通用しないことを本人も分かっていたのでジレンマを抱えていましたね」

