One story of the fieldBACK NUMBER
MVP新井貴浩を支えた黒田の言葉。
「ボロボロになるまでやれ」の背景。
posted2016/12/05 07:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Kiichi Matsumoto
「冗談だと思いました。他人事のような感じです」
晴れの舞台で主役は、主役らしからぬ台詞を口にした。11月28日、グランドプリンスホテル新高輪で開催された「NPB AWARDS」。広島カープの新井貴浩がセ・リーグ史上最年長39歳でMVPを獲得した。132試合に出場し、打率3割、19本塁打、101打点。優勝チームの4番打者にふさわしい数字を残したものの、現実感がなかったようだ。それもそのはず、実は、今シーズン途中、新井の脳裏には引退がよぎっていたという。
まだ、優勝の行方など、まったく見えなかった時期、新井は悩んでいた。
「俺も本当にしんどい時があるけえ、正直、辞めたいとも思うし、ここらで引いた方がええんかなって考えるよ」
「黒田さんが『お前は辞めるな』って言うけえ……」
どこにも故障はないが、日々、試合に出続ける中でのコンディション維持が困難だと感じることが増えた。すでに黒田が引退するであろうことも察しがついていた。勝てなかった時代をともに戦ってきた盟友とともに、今季限りで身を引くべきではないか。そう考えた新井は、黒田にこう言われたという。
「黒田さんが『お前は辞めるな』って言うけえ。『お前に自分から辞める権利はない。ボロボロになるまでファンのためにやれ』って。そう言われたら、確かにそうなんよ」
新井は2014年のオフ、阪神を事実上の戦力外となったところを古巣・広島に拾われた。大幅減俸を受け入れ、ゼロから泥にまみれ、そして、結果を出す姿をカープファンが受け入れてくれたからこそ今の自分がある。
いわば、カープファンにもらった選手寿命だ。新井本人も、そして、黒田もそう考えていたという。だから、ボロボロになるまで恩返しする必要がある。綺麗な引き際なんて望むな――。乱暴に言うと、これが黒田のメッセージだった。だから、新井は踏みとどまった。